と折檻《せっかん》いたします。これが此のごろのようにない前の花里なら楼主がそうした乱暴をする気遣いもありません。また他《はた》のものも直ぐ駈けつけ参って詫言もしてやりますが、何をいうにも伊之吉へ一心を入れて情を立てる為に飽《あく》まで強情をはり、他人《ひと》の意見を用いませんので憎がられているときでげす。誰だッて止めるものはない。花里は散々に打擲《ちょうちゃく》されて悲鳴をあげていましたところへ、ばた/\と駈けて参ッたものがございますので、楼主もハッと気が注《つ》いて手をとゞめ、
楼「だれだえ、其処《そこ》へ来たのは」
小「はい、私でございます」
楼「そういう声は、小主水じゃアないか」
小「はい、その妓《こ》のことで、旦那さんに少々おねがいがござりまして」
楼「花里のことでおねがいだと、花魁、それは廃《よし》てくんな、こんな強情ものに口をきいてやったッても心配の仕甲斐がないからね」
小「そうではございましょうが、もとは私の部屋から出したもの、旦那さんや皆さん方に御苦労をかけるがお気の毒、今までは出しゃばッてはと控えていましたが、もう何うも引込んでいられない今日の様子、何うか一応は私にお任せなすッては下さいますまいか、及ばずながら意見をして見ましょう、皆さんの御意見でさえ柔順《すなお》にいう事をきかないんですから何うで駄目でしょうけれど」
と小主水が様子あり気な取なしでげすし、殊にこの花魁の言うことは、元世話になったと花里は一目も二目もおいておりますから、楼主も承知いたし、
楼「それでは小主水の花魁、お前に預けますから、何うか意見をして遣って下さい、私《わし》もこの妓《こ》が悪《にく》うて折檻までするのではないからね」
小「旦那さんの御親切はよく存じて居ります、花里さん何うしたんですよ、ほんとに困りますねえ、さア私と一緒にお出でなさい」
泣き伏しております花里の手を引いて小主水は己《おの》が部屋へ帰りました。花里はよう/\にいたして涙をはらい、
花「姉《ねえ》さん何うも済みません、とんだ御心配をかけましてねえ」
小「済むも済まないもありゃしませんが、花里さんお前さん全体何うする気だい、この身請にどこまでも楯ついて強情を張り通すつもりかい、そりゃ伊之さんとの交情《なか》もよく知っているから、今までは他の人達が何《なん》のかのと言って意見しているのを知らず顔でいたんだがね、今日のように内所《ないしょ》で折檻されるを何うも見てはいられないから、疾《と》くとお前さんの了簡をきいた上で、ねえ、また膝とも談合というから話し敵《がたき》にもなるつもりなの、些《ちっ》とも遠慮することはないから、本当《ほんと》のところを言ってきかせて下さい、私は何でも内所のいうなりにお成りとは言わないよ、海上さんの身請が否《いや》なら、否のようにまた為《す》る仕方もあるだろうからね」
花「有難うございます、本当に済みません」
と又泣きくずおれまする姿を見るにつけ、其の心の中《うち》を推量致すと小主水も可愛そうになって堪りません、命までもと入揚《いりあ》げております情人《おとこ》は二階を堰《せ》かれて仕舞い、厭な客に身請されねばならぬのでげすから、我身も此様《こんな》場合にあったら矢ッ張りこの様に意地を立て、どこまでも情人の為に情を貫ぬくかも知れぬと思いますると、何うも花里に同情を寄せられるような気がいたし、胸もふさがッて参り、何《なん》とも意見の仕様がございません、暫らくはジッと見詰めていましたが、それも憐《いじ》らしくて見ていられぬ。泣ごえを立てじと忍びまする度《たび》に根のぬけた島田ががくり/\して顫《ふる》いますから、何うも身請をすゝめる事の出来ないばかりじゃアございません、感情に制せられては他人《ひと》のことで涙が浮いてまいり、横を向いて仕舞いましたが、それでも気にかゝりますので、またちょい/\と花里の泣伏す姿を見て、目を数叩《しばだた》いておりましたが、左様《そう》何時までも黙っていたとて際限がないと、
小「ねえ花里さん、じゃア何うしても海上さんのとこへは行《ゆ》きませんね」
花「姉さん、すまないが堪忍して下さい」
と申したきり、また小主水も花里も無言でいましたが、花里は何《なん》と思いましたか、顔をあげて涙をはらい、
花「姉さん、私は諦めました、いろ/\御心配をかけて、とても伊之さんと添うことは出来ますまいから」
と云ううちにまた眼には一杯の涙がたまりましたを襦袢《じゅばん》の袖でふき、ホッと溜息つき、力なく、
花「仕方がありません、海上さんに身請されますわ、今までいろ/\とお世話になりまして、御親切にして下すった御恩は決して忘れません、ナニ私があの人に義理さえ欠いてしまえば、それで何事もありゃアしませんわ、ほ
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