んとに姉さんの御恩は」
と合掌しますので、小主水は花里の様子に目もはなさず見ていましたが、我知らずほろり/\と涙をこぼしているに、花里もこれに誘われましたか、また突伏《つッぷ》して仕舞いました。小主水は一層|傍《そば》へすり寄って、
小「花里さん、お前さんは、其の了簡はわるいよ、短気を起しては」
花「いゝえ、決して」
小「お隠しでない、お前さんが三日でも海上さんのとこへ行っていて駈出すような気なら心配はしないが、仮令《たとえ》一日でも、伊之さんへ義理立てをするんだから、諦めたと言いなさるは死ぬ気でしょう、そんな短気を起しては宜《よ》くないよ、それも無理とは思わないが、突詰めたことすれば伊之さんだったッて、あとで何様《どんな》に悲しがんなさるか知れやアしないわ、死ぬ気で、ねえ花里さん」
花「それだから海上さんのとこへ行《ゆ》くつもり、そうすれば御内所《ごないしょ》でも」
小「まだそんな事をいっているよ、私にまで隠して、何うでもお前さんは死ぬ気かえ、これほど為を思い、お前さんの心を察して言ってあげるのに」
と小主水は少しくムッとして見せますれば、花里は猶更かなしくなり、摺寄って小主水の膝に獅噛付《しがみつ》きますのを、払いのけ、
小「本当に分らないにも程があるじゃないか、私にばかり口を酸《すっ》ぱくさしてさ」
花「姉さん、私何うしよう、姉さんに左様《そう》いわれッちまやア、仕方がないじゃありませんか」
といよ/\突詰めた様子でげすから、小主水ももう仕方がありません、この上は打捨《うっちゃ》っておけば大騒ぎになるんですから、ます/\不愍《ふびん》は加わります。こんなに思っているんだから、せめて一日でも伊之吉に添わしてやりたいと思案にくれましたが、やがて花里の耳に口をよせ何事でございますか囁《さゝや》きます。
花「姉さん、何うも」
小「いけなかったらそれまで、まア遣って御覧」
八
エー和国楼の花里は姉と立てゝおりまする小主水の意見に従いましたことでげすから、いよ/\身請される相談が極り、今夜は海上がお金を持ってまいり、楼主に渡して引き祝いに朋輩を総仕舞にいたし、陽気に一花咲かせる事に相成りました。花里も進まぬながらそれ/″\と支度をいたせば、小主水もいろ/\に世話をやきまして、傍《わき》から注意いたして居ります。朋輩|女郎《じょうろ》たちは年期で出るでなく身請ときいては羨ましいので、入り替り立かわり、花里の部屋へまいり名残を惜むもありますれば、喜びを申すもありまする。また廊下などで立話をしているをきけば、
○「いよ/\花里さんは、海上さんのとこへ行《ゆ》くッてねえ、今夜が身請になるんだッて、本当《ほんと》にうらやましいわ、私ゃ花里さんが出たら、あの部屋へ越そうと思ってるのよ」
▲「私だって覗《ねら》っているのさ、本当にあの座敷は延喜《えんぎ》がいゝからねえ、瀬川さんだってあの座敷から身請されたのだし、今度の花里さんだって矢ッ張りなのだから、それに二人とも海軍の方だものねえ」
×「花里さんの廃《ひ》くのは瀬川さんたア一緒にならないわ、あんなに血道をあげてる伊之さんてえ情人《ひと》があるんだから、海上さんは踏台にされるに違いないのよ、何うして花里さんが伊之さんと切れられるものかね、また無理もないから、男ぶりも好《よ》く厭味《いやみ》ッ気がないのだもの」
△「ハクショ岡惚《おかぼ》ッてるよ、この人は」
□「何うも憚《はゞか》りさま、花里さんが出て仕舞えば伊之さんは私が呼ぶのよ、その時にゃア屹度おごるからね、ホヽヽヽヽヽ」
○「馬鹿にしてるよ、本当《ほんとう》に」
なんかんと風説《うわさ》しております、そのうちに張見世《はりみせ》の時刻になりましたが、総仕舞で八重《やえ》の揚代《ぎょく》が付いて居りまするから、張見世をするものはございません、皆海上の来るのを待っている。併《しか》し外のお客を取らないというのではありませんから、初会でも馴染でもお客のあるものはずん/\取っている。その家々《うち/\》の風《ふう》で変りはありますが、敵娼《あいかた》の義理から外の女郎《じょろう》を仕舞わせるほど馬鹿々々しいものはありますまい。それぐらいなら溝《どぶ》の中へ打捨《うっちゃ》る方が遥かましでしょう。何うも済《すみ》ませんとか有難うござるとかいう一口が揚代一本になるんですからねえ。それも仕舞ってやったお客には何の挨拶もするでなく、その娼妓が紅梅なら、紅梅の花魁へのみの会釈でげすから癪にさわるじゃありませんか。とんでもねえ鼻ッたらし扱いされるんでげすから、併しあの場所へ浮れてお出で遊ばす方はそんなことに御頓着《ごとんじゃく》はなさらぬものでな、お気に召した花魁でも参り、程のよいお世辞の一つも言われ
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