して寐《ね》かそうと思うからでげすが、海上も花里の挨拶が※[#「※」は、「煮」の旧字体の「よってん」にかえて「火」、第3水準1−87−52、512−2]《に》えきりませんから、今夜は是非とも承知させて身請をしよう、大袈裟に身請しては余計な散り銭も出ることでげすから、成るべくは親元身請にいたし、幾分でもそこのところを安くと考えていらっしゃるんですから、中々お酒も例《いつも》のように召あがらない。新造が傍に居りますときは左様《そう》でもありませんが、差向いになると身請の相談で、ひそ/\と囁《さゝや》いているのは誠に親密らしい。斯うなってはお座敷が長く容易に引けませんので、花里は気が気ではありません、海上を寐かせておいて直ぐ伊之吉の名代《みょうだい》へ参ろうとぞんじても、これでは果しがつかないから、
花「ねえ海上さん、こんな相談をするには緩《ゆっ》くりしなけりゃア落付かないから、あとで」
海「ウムそれもいゝが、何をいうにもお前が全盛な花魁だから、中々ゆる/\話してることが出来ないじゃないか、少し話しかけると廻しに出ていくしさ、おばさん[#「おばさん」に傍点]が迎いに来るかとおもえば、また拍子《とき》で出られるしよ」
花「そりゃ勤めの身だから仕方がないわ、私がいくら貴方の傍にばかり居たくッたって、お部屋で喧《やかま》しいから堪忍して下さいよ、本当《ほんと》にそれを言われるといかにも不実でもするようで済まないが、こんなものでも女房にしてやろうというお思召《ぼしめ》しがあるんだからねえ、私だッて何様《どんな》に嬉しいか知れやしませんわ、あなたが浮気ッぽいからそれが今からの取越苦労になって、末が案じられるんでねえ、海上さんとっくりお前さんの心をきいた上でなくッちゃア」
とじろりと見ますれば、お座なりで言われているとは存じませぬ海上渡さん、熱心に花里の言葉をきいていらッしたが、道理《もっとも》とお思召したやら、うなずいてお出《いで》になるはしめたと、
花「海上さん、まだお酒をめし上りますか、もういゝでしょう、折角話を為《し》ようと思うころにグウ/\寐られて仕舞っちゃア、ホヽヽヽヽ」
海「ハヽヽヽヽ何うして寐られるもんか、床番させられても起きとるわ」
花「それじゃアお引けにしましょうね」
ポン/\と手をならしますと、新造がかけて参り、
新「何うもすみません」
花「お金どんお引けになりますから、海上さん便所《はゞかり》に行きませんか」
海「あゝ行ってこようよ」
新造はあとを片付けながら、若い衆《しゅ》に床をとおして展《の》べさせます。客と花魁が参るころにはちゃんとお支度が出来ておると云う寸法。馴れたことゝは申しながら、まことに手際なものでございます。さアねんねという一段に相成り海上はころりと転がりましたが、花里はなか/\容易には寐ません。枕元で煙草の二三服ものみました上、つッと立って今度は自分が便所《はゞかり》にまいる。この間がなか/\永いもので、漸《ようよ》う/\再びまいりましたが、また煙草をのみつゝ。
花「海上さん、すまないがね、今一組あがったから一寸《ちょいと》顔を出してくる間まってゝ下さいよ、ほんとに為《し》ょうがないことねえ」
海「あゝ行って来なとも、情人《いろおとこ》がきたのだろう、早くいって遣るがいゝ、ハヽヽヽ」
花「憎らしいよ海上さんは、そんなに浮々《うわ/\》してるから、先が案じられるッてえのですわ、つめ/\しますよ」
と肩のあたり一捻《ひとつね》りに、
海「あいた、酷《ひど》いな」
花「まってゝ下さいよ」
と言葉をのこして我《わが》部屋を出《いづ》ればホッと息つきましたが、この夜《よ》は到頭|寐転《ねこか》しをくわせられ不平でお帰りになり、其の次の夜《よ》も/\同じような手でうまく逃げられて、何うも身請の相談をまとめることが出来ない。それから致して考えて見ると、花里の言うことゝ行《す》ることゝ些《ちっ》とも合わないから、ハテ訝《おか》しいぞ、口では身請を喜びながら心では嬉しがらぬのだな、情夫でもあるのではないか知らん、左《さ》もなきときは、誰もかゝる稼業を好んでするものはないに、と気が注《つ》きましたから段々様子を探って見ると、伊之吉という情夫のあるので、海上さんも切歯《はがみ》をなされ、えゝ知らざりし彼《かれ》が言葉のみを信じて身請まで為《し》ようとしたは過《あやま》りであった、併《しか》し男子が一旦この女を妻にと見込みながら、情夫があるからと云ってやみ/\手を引くは愚のいたりである、貞操全き婦人というではなし、高が路傍の花、誰《た》れの手にも手折《たお》るに難《かた》からざるものだ、この上の手段《てだて》は彼女《きゃつ》を公然身請して、仮令《たとえ》三日でもよろしい我物《わがもの》にす
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