ッと泣き伏しております。此方《こちら》もたゞ腕をくんで考えるばかり、智慧どころか中々鼻血も出そうにないので、只《た》だハア/\と申して居《お》る。伊之吉は男だけに、
伊「コウ、泣いたって仕方がねえってことよ、今夜すぐ身うけするってえんじゃアあるまいし、一寸《いっすん》のびれば尋《ひろ》ッてえこともあるんだ、左様《そう》くよ/\心配《しんぺえ》して身体でも悪くしちゃア詰らねえからなア、まさか間違ったら其の時にまた何《なん》とでも仕ようがあらアな、え、何うするって、何うでも身請されることは否《いや》だ、己《おい》らの面《つら》を潰すようなことをしては済まねえって、解ったよ」
と元気は付けて居りますものゝ、花里の心が不愍《ふびん》でならないが、何分にも手の付けようがありません。それも自分が大芳棟梁の実子であったなら、又打明けて相談する場合もあるがと思い、伊之吉も沈んでいる。励まされて花里は顔をあげましたが、胸につかえて居ることがあるんで浮々《うき/\》は出来ません、両人《ふたり》とも無言で、ジッと顔|見合《みあわ》しておりますと、廊下にバタ/\と草履の音がいたした。
新「花里さんの花魁え、花里さんえ」
と呼ばれますから、てっきり海上が来たのだなと、ぞくりとして総毛だちまするが、返事をしない訳にはいかないので、
花「あい」
新「おや花魁、此処《こゝ》にいたのですか、人がわるいよ草履までかくして、それも仕方がないわね、伊之さんが来てるんだもの、ホヽヽヽヽ、伊之さんには済まないがね花魁、何うかちょいと顔を出して来ておくんなさいよ、お部屋へ知れると喧《やか》ましくって私らまでが叱られなくっちゃアならないからね」
花「ハア往《い》きますよ、いま直ぐ、また来たのあん畜生《ちきしょう》が」
伊「身請でも為《し》ようてえ大事なお客様だ、早く往ってきな、畜生なんッて冥利《みょうり》が悪かろうぜ、ねえはアちゃん左様《そう》じゃねえか」
新「伊之さん、そんな当こすりを云うもんじゃありませんよ、花魁もこの事に付いては何様《どんな》に心配しているか知れないんでほんとに可愛そうだわ」
花「はアちゃんほんとにこの人の人情のないのには」
新「花魁、そう心配することはありませんわ、伊之さんだッて、ねえ」
と新造は双方を慰めて出てまいります。花里は猶往きそうにもしないから、
伊「早く往って来ねえな、いよ/\という時になりゃア何うともなるわな」
花「あゝ仕方がないね、まさか間違やア私ゃ死ぬより法は付かないと思っているのよ」
伊「ハヽア、能く死ぬ/\というな、死なねばならねえ場合《ばえゝ》にゃア一人は殺さねえよ」
花「本当《ほんと》、嘘じゃアあるまいね」
そこは稼業でございますから、花里も嫌だと思っていましたって、まさか脹《ふく》れッ面もしていられない。座敷へ這入りますと、
花「海上さん何うも済みません、今朝から何処《どこ》で浮気してました、何《なん》ですね、そんな耄《とぼ》けた顔をしてさ、お金《きん》どん一寸《ちょい》と御覧よ、ホヽヽヽヽ」
と新造の方をふり向きますから、
新「あら、花魁お可愛そうにねえ海上さん、そんなことアありゃしませんね、花魁の嫉妬《ちん/\》も余《あん》まり手放しすぎるわ」
花「お金どんは駄目だよ、海上さんに惚れてるもんだから肩を持つのだもの」
海「ハヽヽヽヽ何を言ってるんだ、僕はな今朝こゝを出ると青山の長官の家《とこ》へ参り、それから久しゅう行《ゆ》かんによって上野浅草附近を散歩して」
花「それから吉原《なか》へ行ったんでしょう」
海「イヤ/\決して参らん、花魁さえ諾《うん》といって呉れゝば、今夜にでも身請してすぐ宿《やど》の妻にする恋人があるんだもの、何うして外の色香に気がうつるもんか、ねえお金どん、左様《そう》じゃないか、ハヽヽヽヽ」
新「海上さんはお世辞ものですよ、その口で甘《うま》く花魁を撫でこみ、血道をあげさせたんですね、ほんとに軍艦《ふね》の方は油断がならないわ」
花「ほんとにお金どんの云う通りだよ、海上さんは口先きばかりで殺し文句をならべ、私見たいな馬鹿が正直にうけて嬉しがるのを、ねえ、蔭で見ておいでなさったら嘸《さぞ》面白いでしょうね、だけれどそんな罪を作っては良くはありませんよ、ホヽヽヽヽ」
海「僕はお世辞なんかを云うものでない、航海|前《ぜん》に約束したことがあるから、帰朝すると直ぐお前のとこへ斯うして来ておるじゃないか、僕が約束通り身請を為《し》ようといえば、何《なん》の斯《か》のとお前の方で引《ひっ》ぱっているのア、何うも変だぜ」
花「あらまた、あんな厭味《いやみ》ッたらしいことを言ってるよ、この人は、まアお酒でもおあがりなさいな」
と頻りに酌をいたしまするは、酔わ
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