川|停車場《ステーション》へ着きましたは、お若さんが此処《こゝ》にまいって甚兵衞爺さんに助けられた翌朝《よくあさ》のことでございますから、なか/\お若の行方を探ることが出来ない、左様《そう》かと申して再び東京へ帰りましたところで、これとても何う探したら分ろうという目的《めあて》が付きませんので、あゝ困ったな、己もこまるがお若さんは嘸《さぞ》難儀をしていなさるだろう、あゝいう方だから一人歩きしたこともないに、方角も知れぬ土地に来てどんなに困るか知れたもんじゃアないから、それにしても不思議だ、何うしてまア神奈川まで一人来なすったろうか知らん、大方己が前の汽車で来ていると思いこんでゞあろうが、あゝ困るな、可愛そうでならないことをした、こんな事なら品川まで出掛けずに、新橋から一緒に乗るだッたにと、いろ/\と悔んでおりましたが、今更|何《なん》といっても仕方がない、一旦甚兵衞爺さんのとこへ落著《おちつ》いて探したら分らぬこともあるまい、お若さんの方でも屹度《きっと》いろ/\に探していなさるに違いないから、と伊之助はよう/\決心いたしましたから、久々で甚兵衞のとこへ尋ねてまいる。村の入口には眼になれた田舎酒屋の看板と申すも訝《おか》しいが、兎に角酒屋の目印となっておりまする杉の葉を丸く束ねたのが出ています。皆様がお名前だけはお馴染になっていらッしゃると申しますと、私《わたくし》どもは近接《じき/\》にお馴染かと仰ゃる方もございましょうが、明治の御代に生きているものがなか/\思いもよらぬことで、今を距《さ》ること四百十八年も前で後土御門《ごつちみかど》帝の御代しろしめすころ、足利七代の将軍|義尚《よしひさ》の時まで世を茶にしてお在《いで》なされた一休が、杉葉たてたる又六《またろく》の門《かど》と仰せられたも酒屋で、杉の葉を丸めて出してある看板だそうにございます。そうして見ると此の目印は余ほど古くからあるものと見えまする。さて序《ついで》でございますから一寸《ちょっと》申しておきますが、一休様は応永《おうえい》元年のお生れで、文明《ぶんめい》十三年の御入寂《ごにゅうじゃく》でいらせられますから、浮世にお在遊ばしたことは丁度八十八年で、これほど悟りをお開きなされたお方は先ずない。仮令《たとえ》ございましたとて俗人が存じておりますは、此の坊さん程お近附《ちかづき》はありませんでげす。そ
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