ろう、可愛そうにと側によって介抱するが、気絶しているからいよ/\驚きまして、持合す薬を与えなどいたすうち、ようやく蘇生しました。
 ○「ヤレ/\、お女中さんお気がつきましたか、まア可《よ》かった」
 若「はい、誰方《どなた》か存じませぬが、有難うございます」
 ○「ハヽア気をしっかりさっしゃりまし、見ればこゝらあたりのお方じゃございましねえ御様子、何処《どこ》のお方でござえますえ」
 若「はい、東京のものですが、訳あって此の神奈川へ参る途《みち》、品川の停車場《ステーション》で同伴《つれ》にはぐれ難儀をしているところへ、悪者に尾《つ》けられまして此処《こゝ》までも跡を追って来て」
 ○「エ、悪者に尾けられなせえましたと、それはさぞまア御難儀でございましたろう」
 と親切に介抱して、段々と素性から何用あって深夜に神奈川へ来たと尋ねてくれるは、もう六十有余にもなる質朴の田舎|爺《おやじ》でげすから、まさか悪気《わるぎ》のあるものとも思われぬので、お若さんも少しは心が落著《おちつ》き、明白《あからさま》に駈落のことこそ申しませぬが、同伴《つれ》というは男で斯う斯うしたものと概略《あらまし》を語りまする。田舎爺も気の毒がりて猶その男の名前まで、根ほり葉ほり尋ねるので今更隠しにくゝなりまして、伊之助のことを明かす。そうすると爺は恟りして、口のうちで伊之助/\と二三遍お題目でも唱えるように云っていたが、何か首肯《うなず》きまして、
 爺「伊之助という男は何うやら私《わし》が知ってるものらしい、それと一緒に此処《こゝ》へ御座るというは、こりゃ私の家《とこ》へござらッしゃる客衆かも知れねえ、まア兎も角くも私のとこへ来《き》さっせえまし」
 と云われて地獄で仏に逢った気のお若さん、ホッと息をついて、それでは何分ともにと言っている後《うしろ》に、一突き不意を喰《くら》って倒れた悪者の勘太、我と気がついてまだ遠くは往《ゆ》くまい、折角見かけた仕事も玉を逃《にが》しちゃア虻蜂《あぶはち》とらずで汽車賃の出どこがないと、己《おの》が勝手で尾《つ》いて来ていながら直ぐ懐のグレ蛤《はま》を勘定いたし、おっ掛けてまいッたが、今度はお若一人でない、老爺《おやじ》が側にいるのでうっかり手出しがならず、様子をうかゞっておるうちに、何うやらお若を老爺が連れて行《ゆ》きそうだから、ドッコイ左様《そう》うま/
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