ゃ晩まで待っていられない事が出来たのだな、と察しましたので、
 伊「何うして来なすったのだ、そして大層そわ/\していなさるようだが、若《も》しや今朝《けさ》のことから」
 と心配らしくお若の顔をのぞきこみまする。左様《そう》なるとお若の方からもジッと伊之助の顔を見詰めまして、ホッと溜息をつき、グッと唾を呑こみまして、
 若「ほんとに大変な事になったの、それだけれど一心でヤッと此処《こゝ》まで逃げて来たんだから、直ぐこれから約束どおり連れて逃げておくれ、若しぐず/\していて見付けられた日にゃア最《も》う今度こそ何うすることも出来なくなるよ」
 伊「エ、大変なことッて」
 と段々きゝますると、朝伊之助に別れたのちの事柄を話す。やアそれはとんでもない、そんなことなら一刻でも斯うしてはいられないと云って、伊之助も慌《あわ》てまどいまして、元より荷物といってはないが、行李の始末なんかは昼間のうちにしてありますから、それではと申して、伊之助は上州屋方を引はらい、お若と二人|立出《たちい》で、車に乗って新橋|停車場《ステーション》へ着きました。調子のわるい時は悪いもので車が停車場に着くと、直ぐ入口の戸はばったり閉められ、急ぎますものですからと外から喚《わめ》きましてもなか/\戸はあけてくれません。そのうち汽笛の声勇ましく八時二十分の汽車は発車しましたから、お若も伊之助も落胆《がっかり》いたし、あゝ馬鹿々々しい、ちょいと開けてくれさえすればあの汽車で神奈川まで一飛《ひとゝび》に往《ゆ》かれるもの、何《なん》ぼ規則があるからッて余《あん》まり酷《ひど》い仕方、場内取締の顔を見るも腹がたって堪らない、そうかと云って打付《ぶっつ》けて愚痴をこぼすことも出来ないので、拠《よんどこ》ろなく次の横浜|行《ゆ》き九時十分まで待たねばなりません、待っているのは仕方がないとしても、若しも其の中《うち》に追手《おって》が掛り、引戻されはしまいかとそれのみが心配で、巡査が此方《こちら》の方へコツリ/\と来るを見ては、両人《ふたり》の様子を怪しく思って尋ねるのではないか、ひょっとお若の頭に気が注《つ》いてそれから駈落の露顕ではないか、とビク/\して彼方《かなた》へ避け此方《こなた》へ除《よ》け、人のなかを潜《くゞ》りあるいても猶気が咎《とが》めるは、此処《こゝ》に集まってまいる人々でございます。知り人でも
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