、何うも頼みにして参る人がない、ハテ困ったものであるが、誰か親切らしい人はないものかと二人とも無言で頭をなやまして居ります。そうすると伊之助は莞爾《にっこり》いたして、
伊「いゝ処《とこ》がありますぜ、東京《こちら》から遠くはありませんがね、私《わし》が行って頼んだら情《すげ》なくも断るまいと思うんで、あれなら大丈夫だろう」
若「そう何処《どこ》なの、お前さんの知ってる家《うち》ならいゝけれど、余《あん》まり近いと直ぐ知れッちまってはねえ、何処、何処なの」
伊「ナニ知れる気遣いはない……鳶頭だって知ってる筈はなし、伯父さんだって猶さら御存知の気遣いはないとこ、あゝ好《いゝ》とこを思い出した」
若「お前さんばかり、好とこだ/\と言ってゝ一体どこなんだねえ」
伊「何処ッてえでもねえが、私《わし》が子供のころに里にやられていた家《うち》で、今じゃア神奈川の在にはいって百姓をしているんさ、まア兎も角もそこに落著いて、それから緩《ゆっく》り相談することに仕ましょうよ」
若「おや左様《そう》なの、お前さんの里に行ってた家、じゃアその人は余程《よっぽど》のお婆さんになってるだろうね、こんな風をして行くも何《なん》だか極りが悪いけれど、外に頼るものがないんだからねえ」
伊「ナニさ、心配しなさることはないよ、爺い婆アの二人暮しでいるんだから、私《わし》が頼めば一時《いちじ》は小言をいうかも知れないが、憎いとは思うまいから何うにか世話をしてくれるよ」
若「そうかねえ、それでは其処《そこ》へ行《ゆ》くことに仕ましょうが、今から直ぐ二人で此処《こゝ》を出ては人目にかゝってよくないがね、何うしょう」
伊「昼日中《ひるひなか》二人で出てはいけない、今夜の仕舞汽車で間にあうように、そして横浜まで落延びておいて、明朝《あす》一緒に往《ゆ》こう」
若「あゝ、だけれど先方《さき》で嘸《さ》ぞ恟《びっく》りするだろうね、まアお前さん何《なん》てッて往くつもりなの」
伊「ハヽヽヽヽ詰らぬ心配したって仕方がないよ、外に何《なん》とも言方《いいかた》がないじゃアないか、矢ッ張り駈落をして来たというより仕様がないのさ」
若「ホヽヽヽヽ何《なん》だか極りが悪くって」
と相談は極りましたから、それでは今夜と伊之助は分れて根岸を出てまいります。お若さんは今夜駈落を為《し》ようというんですから
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