ゝくを聞えぬ振して態《わざ》と縁側の戸をガラ/\明けております。表では頻《しき》りにトン/\/\/\と叩いて、
 吉「オイお若さん何うしたんだい、こんな寝坊することがあるもんか、早く開けて下さいよ」
 若「おや吉澤《よしざわ》さんですか……何うも御苦労でしたことねえ、今朝はとんだ寝坊をしましてねえ……大層おたゝかせ申しましたか、ほんとにすみませんこと」
 吉「ハヽア珍らしいですな、あなたがこんなに朝寝をするは……ハヽヽヽ」
 例《いつも》の通り飯櫃《おはち》と鍋を置いて帰ったので、まア好《よ》かったと胸なで下《おろ》しまして、それから伊之助も戸棚より這出して参り、直ぐに帰ろうというを、お若は丁度あったかい御飯が来たとこだからと、無理に止めまして少し冷めた味噌汁《おみおつけ》をあっため、差向いで朝飯《あさはん》を仕舞まする。
 若「伊之さんこんなに降って来たから……大丈夫来やしないわ、帰るにしても些《ちっ》と小止《こやみ》になるまで見合《みあわ》してお出《いで》でないとビショ濡になっちまうわ」
 伊「まさか此の降りに伯父|様《さん》が見廻りもなさるまいとア思うがね、あんな人ではあるし、今朝来た使いが変だと思やアそう云うだろうから油断はしていられないよ、見付《みつか》って仕舞ってから幾ら悔しがっても取って返しが付かないから」
 若「そうねえ」
 とは申しますものゝ、ドシ/\雨の降ってる最中に可愛い情夫《おとこ》を出してやるは、何うも人情|仕悪《しにく》いものでございますんで、お若さんは頻りに止めますから、伊之助もそれではと小歇《こやみ》になるまで見合すことにいたし、立膝をおろして煙草を呑もうといたすと、ざア/″\/″\という音が庭でするは、丁度傘をさして人の立《たっ》てゞもいるように思われますんで、疵もつ足の二人は驚きあわて顔見合せましたが、がらりと障子をあけて誰が来たと確めることが出来ません。そうかと申して伊之助が今逃げ出してはます/\疑われる種とおもいますから、うかといたした事をして毛を吹いて疵を求めるも馬鹿々々しいと、只二人ともはら/\と胸を痛めて居りますると、暫くして縁先で咳ばらいをいたすものがある。お若も伊之助も最《も》う堪らなくなりましたから、先《ま》ず伊之助が逃げ出しにかゝるを、
 ○「二人とも逃げるにゃア及ばねえ」
 とがらり障子をあけて這入ってまいった
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