したが、丁度その時刻になりますと、チンツンチヽンという撥《ばち》あたりで三味線の音《ね》が聞え、次第に近く成って参りました。あゝ来たなと思いますから、お若さんはお捻《ひねり》をこしらえ待っております、例の門付は門口にたって三味線は弾いておりますが唄はうたいません、上手な師匠がやっても何うも眠気のさすが一中節でげすから、素人衆……エー旦那方が我れ面白の人困らせ……斯ういうことを申しますと暗《やみ》の夜《よ》がおっかないんでげす。ナニあの野郎生意気をいいアがって、向う脛《ずね》ぶっぱらえなんかと仰しゃるお気早《きばや》な方もございますが、正直に申すとまア左様《そう》言ったようなもので、扨《さ》て門外《おもて》にたちました一中節の門付屋さんでげすが、頻《しき》りに家《うち》の内《なか》をのぞいて居ります。お若もこのようすが如何《いか》にも訝《おか》しいと思うんで障子の破れから覗いております、其の中《うち》門付屋さんは冠《かぶ》ってまする編笠に斯う手をかけまして、グッとあげ、家《うち》を見ますときお若さんは顔をはっきり見ました。すると驚いて障子をがらり開けたんで、門付屋も恟《びっく》りして顔を隠しまする。
若「もしやあなたは伊之助様じゃなくって」
伊「そう仰しゃるはお若さんでげすね、何うしてそんな風におなんなされました」
若「まアお珍らしい、貴方こそ何うしてそんな事を遊ばしまするのでござります」
伊「これには種々《いろ/\》の理由《わけ》があって……今じゃアこんなお恥かしい形《なり》をしていますよ、あなたこそなんだってお比丘《びく》さんにはお成んなさったのでげす」
若「私にもいろんな災難が重なりましてね、到頭斯ういう姿になりましたんですよ、それじゃア私がとんだ目にあった事をまだ御存知ないんですか」
伊「些《ちっ》とも知らないから、実に恟りしましたよ」
若「おやまア左様《そう》ですか、此処《こゝ》には誰もいないんですから遠慮するものはありません、お上《あが》りなさい」
とお若さんは伊之助を奥へ引張りあげました。段々様子をきいて見ると、お若が狸を伊之助と心得て不所存をいたしたことも知らぬようでげす、初めは私に気の毒だと思ってシラを切っているのだろうと思ってましたが、何うも左様でないらしいとこがございますから、お若さんは根どい葉どいを致す、伊之助もきかれて見れば話
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