とこでげすから、お若が狸の伊之と怪しいことのあったを知らずに、嫁に貰おうと申すものが網の目から手の出る程でございますが、当人のお若は何うあってもお嫁に行《ゆ》くは嫌だと申し、いっかな受けひきません。晋齋もいろ/\勧めて見ますが何うも承知しないんであぐねております。するとお若は世を味気《あじき》なく思いましたやら、房々《ふさ/\》した丈《たけ》の黒髪根元からプッヽリ惜気《おしげ》もなく切って仕舞いました。

        三

 我身《わがみ》の因果を歎《かこ》ち、黒髪をたち切って、生涯を尼法師で暮す心を示したお若の胸中を察します伯父は、一層に不愍《ふびん》が増して参り、あゝ可愛そうだ、まだ裏若い身であんなにまで恥ているは……あゝこれも因縁ずくだ、前《さき》の世からの約束ごとだから仕方がない、と晋齋もお若のするが儘にさせておきました。その年も何時《いつ》しか暮れて、また来る春に草木《くさき》も萌《も》え出《いだ》しまする弥生《やよい》、世間では上野の花が咲いたの向島が芽ぐんで来たのと徐々《そろ/\》騒がしくなって参りまする。何うもこの花の頃になりますと人間の心が浮いて来るもので、兎角に間違の起る根ざしは春にあるそうでございます。殊に色事の出入《でいり》が夏の始めから秋口にかけて多いのは、矢ッ張り春まいた種が芽をふき葉を出して到頭世間へパッとするのでもござりましょうか。能く気を注《つ》けて御覧遊ばせ。まア左様《そう》した順に参っております。これは私《わたくし》が一箇《いっこ》の考えではござりません、統計学をお遣り遊ばした御仁は熟《よく》知ってお出《いで》なさる事で、何も珍しい説でも何《なん》でもないんでございます、と申すと私も大層学者らしい口吻《くちぶり》でげすが、実は何うもはやお恥かしい訳なんで、みんな御贔屓の旦那方から教えて頂く耳学問、附焼刄でげすから時々|化《ばけ》の皮が剥《は》げてな、とんだ面目玉を踏みつぶすことが御座いまする、ハヽヽヽヽ。扨《さ》て世捨人になったお若さんでげすが、伯父の晋齋に頼みまして西念寺《さいねんじ》の傍《わき》に庵室とでも申すような、膝を容《い》れるばかりな小家《こいえ》を借り、此処《こゝ》へ独りで住んで行いすまして居りまする。尤も伯父の家《うち》は直《じ》き近くでございますから、晋齋も毎日見廻ってくれるし、三食とも運んでくれるので自分
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