勝五郎は火鉢のわきで楊枝をつかっている、自分の年をとったことは分りませんが、他人《ひと》の老けたのは能くわかるもので、
 若「ちょいとお前さん御覧なさい、鳶頭も大層年をとりましたことねえ」
 伊「成程すっかり胡麻塩になっちまった、己《おい》らだッて他人《ひと》から見ると、矢ッ張り爺い婆アになってるんだよ」
 若「本当《ほんと》にそうでしょうねえ、神奈川へ行ったのも昨日今日のように思ってるが、二十年《ふたむかし》にもなるんだからねえ、高根の伯父もさぞ年をとったでしょう、まさかもう頑固もいいますまいよ」
 伊「岩の手前《てめえ》も面目ねえや、ハヽヽヽそんな事を言ってたッて始まらねえ」
 と伊之助が訪《おとな》いまして、神奈川在からお若と伊之助が尋ねて参ったと申すと、楊枝を啣《くわ》えておりました勝五郎は恟りいたし、台所へ飛んでまいり両人《ふたり》の顔をしげ/\とながめましたが、急に眉毛に唾をつけますから、お若さんは、
 若「鳶頭、何うも久し振ですねえ、お前さんも相かわらず御丈夫で何よりですよ、先年はいろ/\お世話になりましてねえ、本当《ほんと》にすみませんでしたこと、今度こうして両人でお宅へまいったのは、あれを見て下さい、あのようになった息子までも出来た夫婦ですから、是非お前さんの袖にすがって伯父さんにお詫をしていたゞき、永らくかけた御苦労の御恩を返そうとおもってね、それで態々《わざ/\》来たんですから、鳶頭どうか、お前さんより外に頼むものもないんだからお願い申します」
 伊「今お若からも申すとおり、お前さんが夫婦の手引きだから、面倒でもあろうし、先頃お前さんの意見をきかなかった腹立もあろうが、ねえ鳶頭、何うか昔のことは言わずに一肌いれて下さい」
 と頼みまする様子に勝五郎はいよ/\恟りいたし、開いた口は塞《ふさ》がりません。と申すはお若さんでげす。再び伊之助と腐れ縁が結ばりまして、とんでもない事になるところを根岸の高根晋齋が家《うち》へ引取られましてから、病気で一歩《ひとあし》も外へ出たことがございません。今でも現に晋齋のところにぶら/\としているんですからね。元より大病というではありませんから今はお医師《いしゃ》にもかゝらず、たゞ気まかせにさせてあるんで、尤も最初《はじめ》のうちは晋齋も可愛そうだと思召し、せめて病気だけは癒《なお》してやろうと、いろ/\のお医者にお
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