夜網《よあみ》など打ちにまいるとき使う、巡査《おまわり》さんが持っていらっしゃる角燈《かくとう》のようなものまで注意して持ってきているから、それに燈火《あかし》をいれて平気で漕いでまいりました。いまは品川も遥かあとになりましたから、ホッと息をつき、
伊「花里さん、もう些《ちっ》とだから辛抱しておいでよ、ちょいと首を出して御覧、品川はあんなに遠くなったから、此処《こゝ》まで来れば大丈夫|鉄《かね》の鞋《わらじ》だ、己《おい》らは強《えら》くなったぜ」
花「そう、本当《ほんと》にすまないことね、お前さんに此様《こんな》苦労までかけてさ、堪忍して下さいよ、これも前世からの約束ごとかも知れないわ」
伊「何も礼をいうことアねえや、お互《たげ》えに斯うなってるんだから」
花「今度の事には姉さんに、まアどんなに心配をかけたか知れないので」
伊「そうよ、小主水[#「小主水」は底本では「小主人」と誤記]姉さんには本当にすまねえが、実に彼《あ》の人は両人《ふたり》が為には結ぶの神だよ」
花「はア本当にそうですわ」
伊「両人が落著《おちつ》いたら何うしてもこの恩を報《かえ》さねば、畜生《ちきしょう》にも劣るから、己らは」
と跡|言《いい》かけまするとき、ギイ/\と櫓壺の軋《きし》る音がして、燈火《あかし》がちらり/\とさす舟が漕ぎまいります。伊之吉は俄に花里を制し、また元の如く苫を冠《かぶ》らせてしまいました。さて和国楼でございますが、肝腎《かんじん》の花里がいま身請の酒宴《さかもり》と申す最中《もなか》に逃亡いたしたんですから、楼中の騒ぎは一通りではありません、上を下へとゴッタ返して探しましたが、中々知れそうな理由《わけ》はありません。まさか伊之吉が舟を持って来て連れていったとは知れよう筈がない。海の中にいるんでげすから陸《おか》を探したとて跡のつく気遣いなし。海上も一時はカッと怒《いか》られて、外のものに当り散らしては見たが、相手のない喧嘩は何うもはえないもので、到頭そのまゝ泣き寝入で、只《た》だ器量を下げてお引下がりになりました。併し和国楼では、花里に逃げられたから、それで宜《よ》いわと済まされませんから、それ/″\の手続きも致さねばならぬ、品川警察へ逃亡のお届けをいたし、若しや伊之吉のところへ参って居らぬかと、追手を出して探させましたが、さっぱり解らず、伊之吉は平
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