主水の差金《さしがね》で身請を諾《だく》しますと直ぐ、伊之吉の許《もと》へ品川から使い屋が飛んでまいった。此のごろは二階を堰《せ》かれているんでげすから、折々花魁から使い屋をたてゝ文の遣取《やりと》りに心を通じている場合、何か急な用が出来て花里から使い屋をよこしたのだと思いますと、小主水からの使いで、文面を読むたびに恟《びっく》りばかりいたしましたが、親切に細々《こま/″\》書いてあるから伊之吉もその通りにいたし、身請の当夜を待ち、指図のごとく一艘の小舟を借りまして、宵の口から品川の海辺に出で汐を見ますと、丁度高潮まわりで段々と汐のさしてまいる端《はな》でげすから、伊之吉喜び勇みまして、舟を和国楼の石垣のとこへつけ、息を殺して潜んでいるのでございます。すると夜風は身にしみて肌さぶく相成り、二階ではお酒が始まり芸妓《げいしゃ》が騒ぎはじめますから、馬鹿々々しくなって堪りません。舟底にころりとやって居りましたが、気が揉めますから、首をあげて二階を見ますると、障子にヒョイ/\男や女の影法師がうつる。またはワーワッと笑いごえの致すのが、自分を嘲弄《ちょうろう》するようにも聞き取れますんで、いろ/\の考えをおこし、ムシャクシャしてまいる。左様《そう》かといって自分は忍んでいる身でございますから、うっかり頭をあげたり舟を動かすことは出来ません。若《も》しも石垣へばしゃり/\波があたって楼中で気が注《つ》かれて見ると、百日の説法も屁一つになるんでげすからな。その心配というものは容易でありません。伸びつ反《そ》りついたして楼内《うち》の様子にばかり気を配って、此処《こゝ》へ舟をつけて待っていてくれろというからは、屹度花里が忍んで出てくる手段《てだて》に違いなかろう、小主水の花魁は天晴《あっぱれ》男まさりの働きがある女だから、万に一つも遣り損じはあるまいが、何をいうにも大勢の人の目を掠《かす》めて脱《ぬ》け出させるのだから旨く行ってくれゝば宜《い》いがと、庭の方で足音でもしはせぬかと、そればかりに耳をたてゝおりますが、さっぱり足音もしない。二階ではいよ/\大騒ぎで、陽気になってまいる。すると花里々々とこえがチラリ/\と聞えるので、また一層の苦になって堪りません。エヽ詰らない馬鹿々々しいや、斯うして心配しているのに彼女《あいつ》は、あの仲間にはいって笑っているかも知れんと、水上警察の巡
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