せねばならぬと申す気が一杯でげすから堪りません。これを見ると花里はゾクリといたし襟元から水を打掛《ぶっか》けられるような気がする。そうすると直ぐ悲しくなって眼には涙を催してまいりますが、坐らない訳にはまいりませんから、針の筵《むしろ》にいる気で楼主の前に坐り下を向いたまゝで顔を上げない。
 楼「花魁、この間から度々《たび/\》いう事だが、お前海上さんの方へ何う御返事をする積りなのだえ、よく考えて御覧、いつまで斯《こ》んな稼業をしているが外見《みえ》ではあるまいしね、お前とて子供ではなし、それぐらいのことはよく分るだろうが、それにお前の気ではあの青二才の伊之吉と約束があって情を立てる積りだろうがね、それは大きな間違というものだ、近いところが此楼《こゝ》にいたあの綾衣《あやぎぬ》がいゝお手本だよ、あんな夢中になって初《はつ》さんのところへ行《ゆ》き、惚れた同士だから嘸《さ》ぞ中好《なかよ》く毎日暮すだろうと、楼中《うちじゅう》の羨《うらや》みものだッたは知っているだろう、それが御覧なさい、物の三日も経たないうちから喧嘩する、末はとうとう夫婦別れして綾衣は今じゃア新造衆になってるじゃないか、又|瀬川《せがわ》はいやだ/\と云いながら、お前と同じように痺《しびれ》を切らした末が、海軍の方に身請されたが、今じゃアお前、横須賀で所帯をもち、奥様といわれ立派になってるよ、まア物ごとは凡《すべ》て左様《そう》いうものでね、この稼業《なか》で惚れた腫れたで一緒になったものは兎角お互に我儘が出て、末始終を添い遂げられるものでないからね、お前もよくそこのところを考えて海上さんに身請され、気楽に暮すが当世だろうぜ、え、花魁、何うだね、分ったろうね」
 花「はい」
 楼「分ったら、身請されて廃業するだろうね」
 花「旦那さんを始めとして皆さん方も、いろ/\と御親切に仰ゃって下さいますが、こればかりは御勘弁遊ばして、何うかこのまゝ」
 と申しながら、はや得《え》堪《た》えずなりましたやら、ワッと泣き伏しますので、楼主もいよ/\呆れ、強情にも程のあったものだ、其の身の為を思って意見してやるを無にして我《が》を通そうとするが面にくいといら/\として参ッたので、常にはなか/\思慮ある楼主でげすが、斯うしたときは我を忘れるもので、傍《かたわ》らにござりました延《のべ》の長煙管を取るも遅しと、花里を丁々
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