をと心の中《うち》に促しながら公用人の顔を見ますと、公用人も不思議に思いまして御老中のお顔を見上げました。けれどもお駕籠訴の一件がありますから、右京殿は不興気《ふきょうげ》に顔を反《そむ》けて居りますので、何が何《なん》だか一向訳が分りませぬ。暫く無言で睨《にら》み合って居ります内に、ちん/\とお退のお時計が鳴りました。右京殿は待っていたと云わぬばかりのお顔にて印形を手許に引寄せ、其の儘すっとお立ちに相成り、続いてお附添一同もお立ちになりました。余儀なく奉行も渋々立帰りましたが、何故《なにゆえ》に御老中が斯様《かよう》な計らいをするのか一向分りませぬ。何か仔細ある事と土佐守殿も智者《ちしゃ》でございますから、其の後《ご》外《ほか》御老中のお月番の時は、文治の口供を持ってまいるのを見合せまして、又々右京殿お月番の時に、前の如く文治の口供を持参いたしますると、矢張前の通り手間取って居りますので、到頭《とうとう》印形を捺すことが出来ませぬ。はて不思議な事と処分に困って居りますと、時のお月番右京殿より、「浪島文治郎|事《こと》業平文治儀は尚《な》お篤《とく》と取調ぶる仔細あり、評定所《ひょうじ
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