V助は一旦我家へ帰りましたが、夜《よ》の明くるを待兼て、其の夜の中《うち》に奥の女中に、
喜「夜更《よふけ》にて恐入りますが、文治夫婦のお物語を申上げとうござる」
と取次を願いました。右京殿はお側の者を相手に一口召上っておいでの所へ、女中のお取次、早速御面会、喜代之助が
喜「予《かね》てお話のござりました文治|事《こと》、来《きた》る十四日夕|申刻《なゝつ》頃、向島に於て舅《しゅうと》の敵《かたき》大伴蟠龍軒を討ちます」
と申上げますと、
右京「本来ならば早速町奉行を呼んで取鎮め方を申付くべき筈であるが、予て義侠の心に富みたる業平文治が、舅の敵を討つとあっては棄置く訳にも行《ゆ》くまい、承まわれば蟠龍軒とやらは宜《よ》からぬ奴じゃそうな、討たせるが宜い」
と仰せられて、其の夜密書を藤原に持たせ、「文治の身の上に万一の事なきよう忍びやかに警固致し候うように」と御老中お月番松平右京殿より南町奉行石川土佐守殿へ御内達になりました。委細承知の趣《おもむき》を申上げて、それ/″\手配りを致しました。此方《こなた》文治は其の夜から湯を沸かさして身体を浄め、ゆる/\十四日を待って居ります
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