tって居りまする。さて中山道《なかせんどう》高崎より渋川、金井、横堀、塚原、相俣《あいまた》より猿が原の関所を越えて永井の宿《しゅく》、これを俗に三宿《さんしゅく》と申しまして、そろ/\難所《なんじょ》へかゝります。三国峠《みくにとうげ》へ差しかゝりました文治と妻お町の二人連れ、
 文「漸《ようよ》うのことで國藏、森松、亥太郎の三人を言い伏せて出立いたしたが、いや藤原は身内のこと、まして侍だが、町人三人の志、実に武士も及ばんなア、さぞ/\後《あと》で怨んでいようが、苟《かりそ》めにも親の仇討《あだうち》に出立する者が、他人の助力を受けたとあっては、後日世間の物笑いになるからな」
 町「はい、実にお留守中も貴方《あなた》がおいでの時と少しも変りなく、朝夕まいりまして一方《ひとかた》ならぬお世話をして下さいました」
 文「左様かな、併《しか》し今日《こんにち》は霜月《しもつき》の中日《ちゅうにち》、短日《たんじつ》とは云いながらもう薄暗くなったなア」
 町「はい、少し雪催《ゆきもよ》おしで曇りました」
 文「山中《さんちゅう》は寧《いっ》そ人に逢わぬ方が心安い、眼前に大事を控えた身でなくば
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