tの悪漢《あっかん》も返す言葉なく、
蟠「えゝ/\これはその何《なん》でござる、実は先日|朋友《ほうゆう》がまいりまして、八丁堀辺の侍の娘で、御殿奉公を致して居《お》る者であるが、至って碁|好《ずき》な娘、折があったら御前へととと取持《とりもち》を頼まれまして」
と苦しまぎれの出鱈目《でたらめ》を云って居りまする。
二十
時に妻木數馬は、
數「いやさ、御殿女中とは真赤《まっか》な偽りでござろう、尤《もっと》も衣類|簪《かんざし》の類《るい》は好《よ》う似て居《お》るが、髪の風《ふう》が違いますぞ、これはお旗下か諸役人|衆《しゅ》の女中の結い方、御城中並びに御三家とも少しずつ区別があると申す事|故《ゆえ》、其の道の者に鑑定致させたる処、よく出来ては居《お》るものゝ御殿風ではないという、察するところ、囲碁の心得ある何者かの娘を御殿女中風に仕立て、御前を欺いて金銭を貪《むさぼ》る手段でござろう、さればこそ衣類と髪の不似合な装いをしたのでござらぬか、さりとは不届至極な為され方、さア此の上は両人とも当家を引立《ひった》て、大目附衆《おおめつけしゅう》へ差出さねば成らぬ、其の上当家に越度《おちど》あらば寺社奉行の裁判を受けるでござろう、とは申すものゝ罪人《ざいにん》を作るも本意《ほんい》でない、何も言わずに此の儘お帰りなさるか」
とすっかり図星を指されて何《なん》と言い紛らす術《すべ》もなく、
蟠「ウウッ、ウーム、これは全く、へえ/\何も言わずに此の儘……」
數「然《しか》らば免《ゆる》し遣《つか》わす、併《しか》し大伴氏、今日《きょう》限り当家へお出入は御無用でござるぞ」
と追立《おった》てられまして、蟠龍軒、お瀧の両人は目算がらりと外れ、這々《ほう/\》の体《てい》で其の儘逃帰りました。悪事千里とは好《よ》う申したもの、何時《いつ》しか此の事がお上《かみ》の耳に伝わりまして、お瀧は忽《たちま》ち召捕《めしとり》となり、続いて遠島を申付けられました次第でございますが、如何《いか》にも島人《しまびと》に珍らしき美人でありますから、平林が勝手に引出して、妾にいたして置きました処、前回に申上げた騒動が起って、夫平林は殺されてしまったのでございます。お話変って町奉行石川土佐守は、ある日御用があって御老中松平右京殿のお役宅へまいりました。さて御用済の上右京殿は土佐守に向いまして、
右「いかに御奉行、唐土《もろこし》から種々《いろ/\》の薬種《やくしゅ》が渡来いたして居《お》るが、その薬種を医者が病気の模様に依《よ》って或《あるい》は緩《ゆる》め、或は煮詰めて呑ませるというのも、畢竟《ひっきょう》多くの病人を助ける為で、結句《けっく》御国《みくに》の為じゃの」
土「御意にござります」
右「日本の島々に居《お》る者でも随分用いように依ると、国の為になる者もあろうの」
土佐守は御老中が突然《だしぬけ》の問《とい》に、はて奇妙なお尋ねも有るものかなと暫く考えて居りましたが、もとより奉行でも勤めるくらいのお方でありますから、それと心付きまして、
土「御尤《ごもっと》もにござります、思召《おぼしめ》し通り取計らいましょう」
とお受を致しました。別段申上げませずとも、文治を赦免いたせと云う思召であると云うことは皆様もお察しでございましょう。奉行は役宅へ帰りまして、「三宅島罪人|小頭《こがしら》浪人浪島文治郎儀、流罪人扱い方宜しく且《かつ》又当人島則を厳重に相守り候段、神妙の至りに付、思召を以て流罪赦免致すもの也」という赦免状を認《したゝ》めまして、その赦免状の三宅島に着きましたのは、天明《てんめい》の前年|即《すなわ》ち安永《あんえい》九年初夏の頃でございます。さてまた本所業平橋の文治留守宅におきましては、主人《あるじ》が流罪の身となりましたので、お町は家計を縮め、森松を相手に賃仕事などして、其の日/\を煙を立てゝ居ります。松屋新兵衞を始めとして亥太郎、國藏も文治の恩誼《おんぎ》を思い、日々夜々《にち/\よゝ》稼ぎましては幾許《いくら》かの手助けをして居ります故、お町は存外困りませぬ、或日《あるひ》友之助が尋ねてまいりまして、
友「へえ、お頼み申します、友之助でござります」
森「やア友さん、よく来たなア、大分《だいぶ》暑くなったじゃアねえか、さア上らっしゃい」
友「時に御新造様は御機嫌宜しゅうござりますか」
森「あゝ別に変った事もねえね」
友「それは何より結構、へえ御新造様、おや今日《こんにち》はお土用干《どようぼし》でござりますか、これは皆旦那様のお品々、思い出すも涙の種、御新造様世の中には神も仏もないのでございましょうか…これも旦那様のお品でございますな」
町「それに就《つい》ていろ/\お話があるのでございま
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