lった細《ほっ》そり姿、一目見ても気味の悪くなるような婦人でございます。
殿「宜《よ》う先生おいでたな」
蟠「これは/\御前様、此方《こなた》は予《かね》て申上げました御殿女中瀧村様でござります」
殿「おゝ左様か」
とにこ/\御機嫌の態《てい》。
蟠「さア瀧村様|此方《こちら》へ、御当家の御前様であらせられます、お近附に」
瀧「はい左様でございますか、始めて拝顔を得まして辱《かたじ》けのう存じます、私《わたくし》は瀧村と申します不束者《ふつゝかもの》、何《ど》うか宜《よろ》しゅう」
という挨拶振《あいさつぶり》の芝居掛りなるに蟠龍軒は笑いを洩らして、
蟠「はゝゝ、奥女中の御挨拶は些《ち》と芝居めきますな、さて御前、お約束のお碁でございますが、私《わたくし》は瀧村殿に二目《にもく》置きますから、丁度御前様とはお相碁《あいご》でございましょう」
殿「いや、それは/\、なか/\強いの」
蟠「何《ど》うも御前、世の中には種々《いろ/\》の気性の方もあったもので、瀧村殿には僅《わずか》に三日や四日のお宿下《やどさが》りに芝居はお嫌い、花見|遊山《ゆさん》などと騒々しいことは大嫌いで、只|緩々《ゆる/\》と変ったお方と碁を打つのが何よりの楽《たのし》みとは、お年若《としわか》に似合わぬ御風流なことでござりますな」
殿「風流を好む女子《おなご》には、時として然《そ》ういう者もあるの」
蟠「時に御前、始めてのお手合せでござりますから、何か勝ちました者に御褒美を出すとしては如何《いかゞ》でございましょう」
殿「それも宜《よ》いの」
蟠「御前が万々《ばん/\》お負けなさる気遣《きづか》いはありますまいが、万一お負けなすったら、えゝ斯《こ》うと……金子《きんす》……金子は些《ち》と失礼なようではございますが、外《ほか》に是れという心付きもござりませんから、矢張金子がお宜しゅうござりましょう、また瀧村殿が負けました時は、金子という訳にもまいりませず、はてな其の外の品々を差上ぐるも失礼、こうと、困りましたな、何か御前また御所望《ごしょもう》もござりましょうから、何《なん》なりお好みにお任せ申すとして、其の辺は取極めぬ方がお宜しゅうござりましょう」
殿様は婦人の珍客ですから余程悦に入《い》って居ります様子。
蟠「何《ど》うも御前様、毎度まいります度《たび》に御酒《ごしゅ》の馳走は恐入りますな、これは/\千万|辱《かたじ》けのう存じます、さア/\御近習衆、お側で御酒はお碁のお邪魔だ、ちょっとお次で戴くとしましょう、何《いず》れもさア/\」
近「さらばお次で」
蟠「えゝ御前|一寸《ちょっと》御免を蒙《こうむ》ります」
と其の場を外《はず》して次の間へ退《さが》り、胸に企《たく》みある蟠龍軒は、近習の者に連《しき》りと酒を侑《すゝ》めますので、何《いず》れも酩酊《めいてい》して居眠りをして居ります。蟠龍軒も少しくいびきを掻きながら、様子を窺《うかゞ》って居りますと、
瀧「おゝ昼の中《うち》に帰ろうと思いましたら、図《はか》らず夜《よ》に入《い》りまして恐入りました、御前様それはいけませんよ、いゝえ私《わたくし》は其処《そこ》へ打ちましたのではございません、此方《こちら》へ伸びたのでございます、お寄せなすッちゃア御無理ではございませんか、御前様お止《よ》し遊ばせ、手前は碁のお相手に……」
頃合を計って蟠龍軒、
「ウーイ、余り御酒を過したので御前をも憚《はゞか》らず、とろ/\と睡《ねむ》って大きに失礼いたした、おや、お燈火《あかり》が消えましたな、御近習お燈火を」
と御前の座敷へ踏込《ふみこ》み、何やら難題を吹掛《ふっか》けましたので、松平の殿様も弱り果て、
殿「何事も内済《ないさい》に致せ、これ誰《た》そある、金子を遣《つか》わせ」
近「はゝッ」
とまご/\して居ります処へ、後《うしろ》の襖《ふすま》を押開けて、当家の老臣|妻木數馬《つまぎかずま》という者が入《い》り来《きた》りまして、
數「その金子は手前どもが遣わします、御前様にはお奥へ/\、これ御近習衆、御前をお奥へお連れなさい」
近「はゝア」
と殿様のお手を取って奥へ連れ込んでしまいました。老臣數馬は容《かたち》を正し、
數「これ大伴|氏《うじ》、いや先生もう少しお進みなされ、さて先生、この婦人は何《いず》れからお連れなすった、御殿女中なら御宰《ごさい》(下供《したども》)を連れべき筈なるに、男|一人《いちにん》同道するとは如何《いか》にも不審と承わりましたゆえ、御殿へまいり、篤《とく》と様子を取調べました処、左様な女はござらぬという、さア何処《いずこ》の奥からお連れになりました、大伴氏|如何《いかゞ》でござるな」
と問詰められて、流石《さすが
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