主「えゝ親分、一体これは何ういう訳ですか」
 林「汝《われ》の知った事じゃアねえや」
 主「それでも斯様《こん》な大病人《たいびょうにん》を何うなさる積りで」
 林「おい金藏、この親爺も腰縄《こしなわ》にしてくれえ、兎《と》も角《かく》も玄関まで引いて往《い》くから……」
 この玄関と申しますのは、其の頃名主の邸《やしき》を通称玄関と申したのでございます。
 主「親分、なんで其様《そん》な足腰の立たないものをお縛りなさるのです、私《わたくし》ア名主様へ引かれるような罪を犯した覚えはございません」
 林「往《い》く処へ往けば分らア、黙っていろ、金藏、この近所に駕籠屋《かごや》があるだろう、一挺《いっちょう》雇って来い」
 やがて友之助と立花屋の主人《あるじ》を召捕《めしと》って相生町《あいおいちょう》の名主方へ引立《ひきた》てゝまいりました。玄関には予《かね》て待受《まちう》けて居りました小林藤十郎、左右に手先を侍《はべ》らせ、友之助を駕籠から引出して敷台に打倒《うちたお》し、
 小「京橋銀座三丁目紀伊國屋友之助、業平橋|立花屋源太郎《たちばなやげんたろう》、町役人」
 一同「はゝア」
 小「友之助、其の方は去る十五日の夜《よ》、大伴蟠龍軒の屋敷へ踏込《ふんご》み、家内の者四人、蟠龍軒|舎弟《しゃてい》蟠作《ばんさく》を殺害《せつがい》いたしたな、何《なん》らの遺恨あって、何者を語らって左様な無慙《むざん》なる事を致したか、さア後《あと》で不都合のなきよう有体に申立てろ」
 立「まア怪《け》しからぬ仰せでございます、余計な事を申すようでございますが、友之助は御覧の通り疵だらけ、十四日夜はさん/″\打《ぶ》たれて動きが取れませず、私方《わたくしかた》へ泊り込んだのでございます」
 小「黙れ」
 林「さア友之助、とても免《のが》れるものじゃアない、只今旦那のお尋ねの通り有体に申上げろ」
 友之助は暫《しばら》く考えて居りましたが、
 友「へえ、大伴の屋敷へ切込みまして、家内四人の者を殺害《せつがい》いたしましたるは全く私《わたくし》に相違ございません、へえ遺恨あって切込みました」
 立「これ/\友さん、血迷っちゃアいかねえ、お前は十四日に……」
 林「黙れ、其の方の口を出すべき場合でない、さア友之助、貴様一人の仕業《しわざ》でないと云うことは分って居《お》る、何者を同道してまいったか、一つ白状して後《あと》を隠しては何《なん》にもならんぞ」
友「どの様な御吟味を受けましても、外《ほか》に頼んだ者はございませぬ」

  三

 林藏は少しく気を焦立《いらだ》ちて、
 林「これ汝《われ》がな、私《わたくし》一人の仕事でございますなどとしら[#「しら」に傍点]を切っても、うむそうかと云って済ますような盲目《めくら》じゃア無《ね》え、よく考えて見ろよ、手前《てめえ》のような痩男《やせおとこ》に、剣術|遣《つか》いの屋敷へ踏込《ふんご》み三四人の人殺しが出来る仕事かえ、さアいよ/\申上げねえか、旦那に申上げて少し叩いて見ようか」
 友「何《なん》と云われても私《わたくし》一人の仕業に相違ございません」
 立「もし/\友さん、お前|何《ど》うしたんだ、気が違やアしねえか、旦那様え、なか/\此の人一人でそんな事の出来る訳はございません、全く大疵のために気が違ったに相違ございません…おい友さん、確《しっ》かりしなよ」
 林「えゝ黙れ、旦那様、此奴《こいつ》はなか/\一筋縄じゃア白状しませんぜ、一つ叩きましょうか」
 小「まア林藏待て、下手人《げしゅにん》は友之助と決って居《お》るから追って又取調べるであろう、何しろ三四《さんし》の番屋へ送って置け」
 この三四の番屋と申しますのは本材木町《ほんざいもくちょう》三四丁目の町番屋にて、この番屋には二階があって常の自身番とは違い、余程厳しく出来て居ります。町番屋とは申しながら重《おも》に公用に使ったものでございます。尚《な》お小林藤十郎殿は林藏に向いまして、
 小「これ林藏、立花屋源太郎の縄を解いて家主《いえぬし》へ引渡せ」
 林「はゝア、おい差配人《さはいにん》、不都合のないように預かり置け、友之助立てえ」
 其の儘《まゝ》駕籠に乗せて本材木町の番屋を指《さ》して出て往《ゆ》きました。お話別れて、此方《こちら》は文治の宅、母は九死一生で、家内の心配|一方《ひとかた》ならず、折《おり》から訪れ来《きた》る者があります。
 「えゝ頼む」
 森松「やアこれは/\何方《どなた》かと思ったら藤原様、どうも大層お立派で……お萓《かや》様も御一緒ですか宜《よ》うおいでゝございます」
 藤「お母様《ふくろさま》は」
 森「いやもう、お悪いの何《なん》のじゃアございません、何《ど》うも今の様子じゃおむずかしゅうござ
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