友之助は斯《か》くと聞いて大いに怒り、大伴に向って悪口《あっこう》いたしましたので、蟠龍軒は友之助を取って押え、高手小手《たかてこて》に縛り上げて割下水《わりげすい》の溝《どぶ》へ打込んだという話を聞き、義憤むら/\と発して抑え難く、ついに蟠龍軒の道場へ踏込《ふみこ》み、一味加担の奴ばらを打殺し、大伴だけ打漏《うちもら》して、窃《ひそ》かに自宅へ帰ったという処までが、故圓朝師の話でございます。これより私《わたくし》が予《かね》て聞きおぼえたる記憶を喚起《よびおこ》して、後の文治の伝記を伺います。さて其の翌日は安永五年の六月三十日でございます、蟠龍軒の道場にて何者にか数多《あまた》の者が殺されたという届出《とゞけいで》がありますから早速北割下水蟠龍軒の道場へ御検視が御出張になりまして吟味いたしましたが、誰が殺したのか一向分りませぬ。其の頃八丁堀の町与力|小林藤十郎《こばやしとうじゅうろう》という人は、「これは多分蟠龍軒のためさん/″\恥辱を受けた友之助の仕事であろう」と疑いましたが、誰《たれ》あって文治の仕事と心付く者はございませぬ。まして百日あまり外出いたしませず、また近所の者は日頃文治を蔭《かげ》でさえ呼棄てにする者はないくらいな人望家《じんぼうか》、子供に至るまで、業平の旦那、業平の旦那。と敬って居《お》るのでありますから、文治と疑う者のないのも道理でございます。その明《あく》る日、小林藤十郎殿は本所の名主の家《うち》へ出役《しゅつやく》いたし、また其の頃八丁堀にて捕者《とりて》の名人と聞えたる手先|二人《ににん》は業平橋の料理屋にまいりました。
二
手先の林藏《りんぞう》と申します者が立花屋《たちばなや》へ参りまして、
林「親方ア宅《うち》かえ」
主「これは親分さん、さアどうぞ此方《こちら》へお上りなさいまし、おい、お火を持って来い」
林「親方、今日来たのは外《ほか》じゃアねえ、少し大切《だいじ》な事があって来たのだから不都合のねえように云ってくんなよ」
主「へえ大切な御用と云うのは何事ですか」
林「奥に友之助が隠れているな」
主「えっ」
林「やい親爺《おやじ》、とぼけるな、それだから予《あらかじ》め不都合のないようにしろと云ったんだ、二三|日《ち》前から緑町《みどりちょう》の医者が出入《でいり》をしているが、ありゃア誰が医者にかゝっているのだ」
主「えっ……」
林「この親爺、何処《どこ》までとぼける積りだ、えゝ面倒だ、金藏《きんぞう》踏ん込《ご》め」
金「やい友之助、御用だ」
主「もし/\親分え、そんな無慈悲な事を為すっちゃア困るじゃアございませんか、友之助は身体中|疵《きず》だらけでございますぜ」
林「うむ、少しは疵も付いたろう、自業自得《じごうじとく》だ、誰を怨《うら》むところがあるか、神妙にお縄を頂戴しろえ、これ友之助、大切《たいせつ》な御用だぞ、上《かみ》へお手数《てすう》の掛らねえように有体《ありてい》に申上げろよ」
友之助は何《なん》の為か更に合点《がてん》が行《ゆ》かず、呆気《あっけ》に取られて居りますと、林藏は屹《きっ》と睨《にら》み付けて、
林「やい友之助、貴様は十五日の晩には何処《どこ》にいた」
主人は横合《よこあい》から、
主「親方、大切な御用とは何《ど》ういう筋かは知りませぬが、友さんは十四日の夕景、蟠龍軒一味の者にさん/″\な目に遇いましてな、可愛相《かわいそう》に身体も自由にならないで、私方《わたくしかた》へ泊りました、で、十五日には外へも出ませず、終日《いちんち》此処《こゝ》にうむ/\呻《うな》りながら寝て居りました」
林「黙れ、貴様に尋ねるのじゃアねえ、これ友之助、貴様は十四日は割下水の蟠龍軒の屋敷で、少しばかり打擲《ちょうちゃく》されたのを遺恨に思って、十五日の晩に其の仕返しを為《し》ようと云う了簡《りょうけん》で、蟠龍軒の屋敷へ切込《きりこ》んだろうな」
友之助は恟《びっく》り首を擡《もた》げて、
友「なゝなゝ何を云いなさる」
林「いやさ友之助、どうせ天の網を免《のが》れる訳にゃアいかねえ、あの手際《てぎわ》は貴様一人の仕業じゃアあるめえの、相手は何者だ、男らしく有体に申上げた其の上でお慈悲を願うが宜《よ》いぞ、己《おれ》たちも悪くは計らわねえ、ぐず/\すると却《かえ》って貴様の為にならねえぞ」
友之助は怪訝《けゞん》な面持《おももち》にて、
友「へえ、あの蟠龍軒めが何《ど》うぞしましたか」
林「友、しらばっくれるな、あの時アたしか三人だったなア」
友「あなたの仰しゃることは何が何《なん》だか一向分りませんが」
林「ふむゝ、貴様は往生際《おうじょうぎわ》の悪い奴だな、よし此の上は手前《てめえ》の身体に聞くより外《ほか》はねえ
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