ス腕を捩上《ねじあ》げ、同役|二人《ににん》が振下《ふりおろ》す刀の下へ突付けました。はっと思って二人《ににん》が退《さが》る途端に身を交《かわ》して空《くう》を打たせ、素早く掻潜《かいくゞ》って一人《いちにん》の利腕を捩上げ、尚《な》お一人《ひとり》が、「小癪なことを為《し》やがる」と横合《よこあい》より打込み来る其の間《ま》に、以前に捩上げたる下役の腕を反《かえ》して前へ突放したから耐《たま》りませぬ、同役同志|鉢合《はちあわ》せをして二人《ににん》ともに打倒れました。残りし一人《ひとり》が又々|抜刀《ぬきみ》を取直し、「無礼なやつ」と打掛る下を潜って一当《ひとあ》て当てますと、脂《やに》を甞《な》めた蛇のように身体を反らせてしまいました。此奴《こいつ》容易ならぬ曲者なりと、平林は手早くも玄関の長押《なげし》に懸けてありました鉄砲へ火縄《ひなわ》を挟《はさ》み、文治へ筒口を向けましたから、文治は取って押えた両人を玉除《たまよけ》に翳《かざ》し、
 文「さア打つなら打って見ろ」
 と袖下に忍んで様子を窺《うかゞ》って居りまする。流石《さすが》の平林も如何《いかん》とも詮方《せんかた》なく、踵《きびす》を反《かえ》して奥の方へ逃込みました。何をするか知らぬと思う間もなく、三日半も干乾《ひぼし》にして庭樹《にわき》の枝に縛り付けてあった囚人《しゅうじん》目がけてズドンと一発放つや否や、キャッという叫び声。最早これまでなりと文治は飛鳥の如く飛上り、平林が振上げて居ります鉄砲の手元へ潜り付き、一当て急所へ当てゝ倒れるを見向きもせず、吊し上げたる三人の縄を解き、疵《きず》を検《あらた》めて見ますると、弾丸《たま》は外《そ》れたものと見えて身体に疵はありませぬ、尤《もっと》も鉄砲の音に胆《きも》を消したものと見えて、三人とも気絶して居りまする。

  十六

 樹《き》の枝に縛り付けられて居ります三人の囚人《めしゅうど》は気絶して居《お》るので、文治は冷水《れいすい》を吹掛けて介抱して居りますると、後《うしろ》の方に当ってわア/\という騒がしい声、振向きますと、表に待たして置いた罪人の内七八人の逸雄《はやりお》が踏込《ふんご》んでまいりまして、最早《もはや》平林を刺殺《さしころ》してしまいました。文治は恟《びっく》りして、
 文「えゝこれ何事じゃ、役人を殺すくらいなら今まで苦労は致さぬぞ、最早これまでなり」
 と身支度して切腹の様子でございます。
 一同「旦那、何を為《な》せえます、あなたは何も知らねえ事、素々《もと/\》こちとらが始めた仕事です、仮令《たとえ》何《ど》の様な事が有ろうとも決して旦那に御迷惑は掛けません、さア斯《こ》うなるからは仕方がねえや、遣《や》る所まで遣付《やっつ》けろ」
 文「此の上尚お徒党を組んで乱暴な振舞をしては上《かみ》の御法に対して済むまいぞ、先《ま》ず一同控えろ」
 一同「何《なん》の、何《ど》うせ晩《おそ》かれ早かれ命の無《ね》え身体だ、それ遣付けろ」
 文「まア/\暫く」
 と制して居ります処へ、江戸より送りの役人を始め地役人《じやくにん》一同表の方へ駈付けてまいりました。切腹と覚悟したる文治は、諸役人の姿を見るより門外に飛出し、後《あと》に続く罪人一同を制しながら、ピタリと両手を支《つか》えて、
 文「え、恐れながら文治申上げ奉ります、只今不法の振舞、皆|私《わたくし》が仕業《しわざ》でござります、御吟味の上お仕置を願います」
 時に江戸役人は、
 「其の方共一同静かにいたせ、文治とやら、只今不法の振舞は其方《そち》一人《いちにん》であると申すか」
 文「御意にござります」
 役「然《しか》らば其の方を召連れ吟味致さねばならぬ、一同の者、文治の吟味中、謹んで居《お》ろうぞ、立ちませえ」
 と文治|一人《いちにん》を連れて役所へまいりますと、続いて地役人一同も引上げました。これは江戸役人の頓智《とんち》で、死物狂いの囚人を残らず召捕《めしと》ろうと致しますと、どんな騒動を仕出来《しでか》すかも知れませぬ故、一時其の場を治めるために態《わざ》と文治|一人《いちにん》を引立てたのでございます。さて江戸役人島役人立会いにて、文治を白洲へ引出し、吟味いたしますと、全く平林が非道の扱いに堪《た》え兼て、囚人一同徒党を組んで暴れ出したという事が分りました。そればかりではございませぬ、平林という奴は誠に横着《おうちゃく》な奴で、平生罪人の内女の眉目《みめ》好《よ》き者がありますと、役柄をも憚《はゞか》らず妾《しょう》にするという、現に只今でも一人《ひとり》囲い者にして男児を設けたということでございます。それに引換えて文治の罪状|送書《おくりがき》を見ますと、下《しも》のような裏書《うらがき》があります。
 「右の
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