ニ、
 役人「やい/\貴様は何者か、ぐず/\すると打切《ぶっき》るぞ」
 文「はい、私《わたくし》は只今江戸表より流罪になりました囚人《めしゅうど》でござります、只今一同の囚人の大騒ぎを見るに忍びず、一旦鎮め置きまして段々仔細を聞きましたるところ、囚人に有勝《ありがち》の食料のこと、棄置かれませんゆえ、お役人様へお目通り歎願いたしとうござります、宜しゅうお取次を願います」
 と落着き払って述立てました。

  十五

 文治の言葉を聞いて役人は目に角を立て、
 役「何《なん》だ新入《しんいり》の囚人《めしゅうど》だ、生意気な奴だ、打据《うちす》えるぞ」
 文「これはしたり、囚人一同の者に代り申上げます事|故《ゆえ》、御無礼の段は御容赦下さいまして、一度はお聞済《きゝずみ》の上、お頭様《かしらさま》に拝顔の適《かな》いまするようお取計《とりはか》らいを願います」
 役「小癪《こしゃく》な奴だ、新入の癖に一同の総代とは何事だ、えゝ面倒だ、切殺せ」
 と一人の役人が抜刀を振上げました。此の時に奥に居りました平林が、「これ/\少し待て」と玄関正面に立上り、文治を眼下に見下《みおろ》しまして、
 平林「其の方は何者か」
 文「恐れながら申上げ奉ります、手前は江戸表本所業平橋の浪人者でござります、此の度《たび》流罪申付けられ、只今御島内へ到着いたした者でござります、もとより島内の御様子を知ろう筈《はず》もございませぬが、数多《あまた》の罪人どもが死者狂いの大騒ぎ、何事やらんと取押えまして様子を承わりましたる所、何かお上《かみ》よりのお手当に就《つ》きまして不服を抱《いだ》き、大勢徒党いたしましたる様子、以《もっ》ての外《ほか》の事、不届至極と一応取鎮め置きまして、歎願にまかり出でた次第でござります、承われば罪人の内三人の総代をお留置《とめおき》に相成り候由、非道のおん事も是れ有るまじくとは存じますが、残り一同の罪人どもは、何《ど》のような扱いを受けて居《お》るかも知れぬと心配いたして居りますに依《よ》って、何卒《なにとぞ》お留置に相成ります三人の総代をお免《ゆる》し下さいまするよう、さすれば一同の悦び如何《いか》ばかりかと存じます、併《しか》し一旦騒ぎ立ち候う段は如何にも不届至極の振舞でございます故、御法に照しての御処分は余儀なき次第でございます、くれ/″\もお慈悲を以《もっ》て偏《ひとえ》に御勘弁の程を願い上げ奉ります」
 平「して只今其の方《ほう》が申したお上よりのお手当とは何事じゃ」
 文「はゝア、手前は只今島に着きましたばかり、一向島内の御法は弁《わきま》えませぬが、何か一箇年《いっかねん》に両三度罪人どもへ娑婆飯とか申して米の御飯《ごはん》を下され候由、僅《わず》かの事を楽しみに歳月《としつき》を送ります無気力の囚人ども、お助け下され候わば一同悦ばしく存じます、此の儀|偏《ひと》えにお汲取り下さいますよう」
 平「黙れ、それはな、上のお慈悲を以て下さる事ではあるが、本年は囚人どもが平生《へいぜい》の不届少からぬに依って、白飯《しろめし》のお手当がないのじゃ、虫けら同然の其の方どもとは云いながら、人間の皮を被《かぶ》って居《お》るからにゃア少しは考えて見るが宜《よ》い、然《しか》るに上のお慈悲なきは身に罪ある故と知らず、徒党を組んで乱暴いたすとは容赦ならぬ曲者ども、一人《いちにん》も免《ゆる》すことは相成らぬ、皆殺しに致すから左様心得ろ」
 文「お言葉に背《そむ》くは恐入りますが、平生不届の事がございますれば、それ/″\御処分|方《かた》もございましょう、お手当を減ずるというは如何《いかゞ》かと存じます、お慈悲を以てお改め下さいますようくれ/″\も願い奉ります」
 平「うるさい、いや、貴様も同類だな、者ども縛り上げえ」
 文「かくの通りお役人様方|抜刀《ぬきみ》の下《もと》に居りますこと故、縛られて居《お》るも同様、此の上お縄を頂戴いたしますとも決して厭《いと》いは致しませぬが、何卒《なにとぞ》右の願いお聞済《きゝずみ》の上にて……」
 平「成らぬ、それ打て」
 下役「はっ」
 と抜刀《ぬきみ》を鞘《さや》に納め、樫棒《かしぼう》を持ちまして文治の脊中《せなか》を二つ三《み》つ打ちましたが、文治は少しも動く気色《けしき》もなく、両手を支《つ》いたまゝ暫く考えて居りました。何思いけん不図《ふと》起き上りまして、又打ち来《きた》る利腕《きゝうで》をピタリと押え付け、
 文「無法なことを為《な》さいますな」
 役「あいたゝゝ、あいたゝ」
 見るより平林は烈火の如く憤《いきどお》り、
 「それ、その悪党を切ってしまえ」
 役「畏《かしこ》まって候」
 と抜刀《ぬきみ》の両人、文治の後《うしろ》より鋭く切掛けました。其の時早く文治は前に押え
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