黷ノ荒れて忽《たちま》ち役人も三四人|打倒《うちたお》されました。一同|何《ど》うなることかと顔を見合せて居りましたが、追々|怪我人《けがにん》は増えますばかり、義気に富みたる文治は堪《こら》え兼て、突然《いきなり》一本の棒を携え、黒煙《くろけむり》の如き争闘の真只中《まったゞなか》に飛込んで大音《だいおん》を挙げ、
文「まア/\待て、何事かは知らぬが控えろ/\」
と仁王立《におうだち》に突立《つった》ちました。此の態《てい》を見るより先に立ちたる大《だい》の男が、
「やい、汝《わり》ゃア何者か、邪魔をしやアがると打殺《うちころ》すぞ」
死者狂いの四五十人が異口同音に、「それ畳《たゝ》め、殺せ」と犇《ひしめ》く勢《いきおい》凄《すさ》まじく、前後左右より文治に打ってかゝりました。
文「よし、拙者《せっしゃ》の止めるのを肯《き》かぬのか、さア来い」
と二打三打《ふたうちみうち》打合いましたが、予《かね》て一人でも打据《うちす》える気はございませぬ、受けつ流しつ数十人を相手に程よくあしらって居ります。「えゝ、こんな奴を相手に手間取るは無益だ」と一人の罪人は烈《はげ》しく打合う其の中を掻潜《かいくゞ》って通り抜けようと致しますから、文治は飛退《とびの》きながら、その一人を引留め、「まア/\待った」と声を掛ける途端に、また其の他《た》の者が逃出そうと致しますから、飛鳥《ひちょう》の如く彼方《あなた》へ駈け此方《こなた》に戻って一々引留める文治が手練《てだれ》の早業《はやわざ》に、さしも死者狂の罪人も一歩も進むことが出来ませぬ。隙《すか》さず文治は立直りまして大音を張上げ、
文「どういう訳でお前達が挙《こぞ》って騒ぎ立てるかは知らぬが、見れば喧嘩のようでもなし、御法を破るからにゃア何か仔細があろう、何《ど》うじゃ/\」
罪人「やい、汝《わりゃ》ア何者だ、死者狂いの己《おい》らを何故《なぜ》止めるか、ふざけやアがると其の分には棄置《すてお》かねえぞ」
文「まア/\静かにしろ、己《おれ》はの、只《たっ》た今此の島に流罪の身になって来た罪人だ、仔細を聞いた其の上で共々《とも/″\》味方になってやろう、業平橋の文治という者だ」
と聞いて囚人《めしゅうど》は顔と顔とを見合せて、少しく怯《ひる》みました様子でございます。先に立ちたる二三の者は、
「やア旦那様か、始めてお目にかゝります、予《かね》てお名前《なめえ》は聞いて居りましたがあなたが業平の旦那様ですか、道理で腕に応《こて》えがあると思った、仔細というは外《ほか》でもない、少し訳があって此の島の取締り役人を敲《たゝ》き殺し、一同死ぬ気でございます」
文「その又取締が如何《いかゞ》いたした」
罪「日頃罪人一同の喰物《くいもの》の頭を刎《は》ね、剰《あまつさ》え年《ねん》に二度か三度のお祭日《まつりび》に娑婆飯《しゃばめし》をくれません、余り無慈悲な扱いゆえ、三人の総代を立てゝ只管《ひたすら》歎願《たんがん》いたしました処が、聞入れないのみか、上役人《かみやくにん》の扱いに不服を唱えるとは不届千万《ふとゞきせんばん》な奴だと云って、その三人を庭の樹《き》の枝に縛《くゝ》り上げ、今日で三日半ほど日乾《ひぼし》にされて居ります、たとい悪党にもせよ其の三人を助けなきゃア浮世の義理が立ちません、何《ど》うぞ業平の旦那様、此の儘我ら一同をお通しなすって下せえまし」
文「ふうむ、そうか、そりゃ宜《よ》くない話だ、そういう訳なら斯《か》く申す文治が一身《いっしん》に引受けて、お役人にお詫《わび》をして見ようから、まア暫く静かにして下さい」
一同「旦那、そりゃア兎《と》ても駄目でござんす、訳を云ったところが兎ても分る奴じゃアありません、いっその事に」
文「まア/\待ちなさい、兎も角も己《おれ》が往って詫びて見る、己が挨拶をするまでは決して手出しをしては成らんぞ、悪口《あっこう》しても棄置かんぞよ、いよ/\肯入《きゝい》れなければ兎も角も、血気に逸《はや》って心得違いをいたすまいぞよ」
と一同を制して、其の中の重立《おもだ》ちたる一人《いちにん》を案内に立たせまして、流罪人取締の屋敷へまいりますると、二三の若者が抜刀《ばっとう》で立って居ります。そんな事に恐れる文治ではございませぬから表に一同を待たせ置き、身に寸鉄も帯びず、泰然自若《たいぜんじじゃく》として只《たゞ》一人《ひとり》玄関指してまいりますと、表に居ります数多《あまた》の罪人が、「旦那、危ねえ、危ねえ、抜いてら/\、そうれやッつけろ」と気早《きばや》な連中は屋敷の内へ飛込もうと致します。
文「これ/\無礼を致すな、己にも心得があるから暫く静かにしていろ」
やがて文治は抜刀を携えたる若者の面前に膝を突いて一礼いたします
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