メ|思召有之候《おぼしめしこれありそうろう》に付、遠島中軽々しく取扱い申すまじく候事、町奉行公用人某印」
 としてあります。さア其の頃の事でございますから、町奉行公用人の裏書は中々幅の利いたものでございます。一同顔を見合せましたまゝ別に評議もいたしませぬが、以心伝心で文治に十分の利を持たせ、結句平林は自業自得、殺され損ということに落着《らくちゃく》いたしました。尚《な》お別席に於て諸役人一同評議の上、文治を呼び出して、「今日《こんにち》より右平林の後役《あとやく》は其の方に申付けるによって役宅に住《すま》い、不都合なきよう島内|囚人《しゅうじん》の取締を致せ、下役人一同左様心得ませえ」との有難き言渡しでございます。文治は恐入って両三度辞退いたしましたが、お聞済《きゝずみ》がございませぬから、余儀なくお請け致しました。文治は上々の首尾にて白洲を引取り、何《ど》うなる事かと心配して居りました徒党の囚人《めしゅうど》一同に向いまして、
 文「各々方《おの/\がた》お悦び下さい、拙者は軽くって切腹、重くって縛り首と覚悟してお白洲へまいりしところ、上《かみ》のお慈悲を以て罪をお免《ゆる》し下されたのみか、勿体なくも平林殿の後役を不肖《ふしょう》文治に仰付《おおせつ》けられました、一同左様心得ませえ」
 一同夢かとばかり暫《しば》し呆気《あっけ》に取られて居りましたが、
 一同「え旦那、貴方《あなた》へお取締役を申付けたのでござんすかえ」
 文「如何《いか》にも」
 一同「それじゃア嬉しいなア、流石《さすが》にお役人様にゃア眼が有らア、時に私《わっち》どもが徒党の罪は何《ど》うなったのでござんすか」
 文「そち達は好んで徒党いたした訳でない、平林の非道に堪《た》え兼て起った事ゆえ、今度に限り其の罪を宥《ゆる》すとの事じゃ」
 と聞くより一同|雀躍《こおどり》して、
 「えっ無罪、え、も勿体《もってえ》ねえ、旦那様お有難う存じます、天道様《てんとうさま》は正直だなア」
 と一同手を合せ大声を上げて泣出しました。文治も共に涙に暮れて居りましたが、稍《やゝ》あって声を和《やわ》らげ、
 文「えゝ各々少し文治がお前達にお頼みがあるが、快く聞済《きゝす》んでくれるか」
 一同「そりゃア旦那様、何事かは存じませんが、私《わっち》どもの命を助けて下すった恩人の仰しゃること、何事によらず承わりましょう」
 と一同静まり返って居ります。

  十七

 文「うむ、聞済んでくれるか、頼みと云うは外《ほか》ではない、只今御吟味中に一寸《ちょっと》小耳に挟《はさ》んだ事だが、先役人《せんやくにん》の妾《めかけ》に子供が有るそうじゃな」
 と云いかけますと、三四人の荒くれ男が思い出したように立上り、面相変えて駈出しました。
 文「これ/\待てっ」
 三人「何《なん》ですか」
 文「何《なん》だじゃない、仮令《たとい》夫は非道な扱いをしたにもしろ、女子供に罪はない、その婦人と子供に少しでも手を出す者は棄置かぬぞ、夫が殺されて見れば嘸《さぞ》その女子供が難儀するであろう、義として助けなければ成らんから、拙者を其の妾の宅へ案内してくれぬか」
 一同「えっ、旦那、あんな奴を助けるのですか、私《わっち》やア面《つら》を見るのも小憎らしい」
 文「いや、坊主が憎けりゃ袈裟《けさ》までというのは人情だが、そこが文治が一同への頼みじゃ、何《ど》うか気を鎮めて聞済んでくれ」
 ×「然《しか》し旦那、彼女《あいつ》め以前江戸にいる時分にゃア、同じ悪党仲間で随分助け合ったものですが、此の島へ来て平林の妾になってからは、一緒になって非道なことを為《し》やがって、義理も人情も知らねえ悪婆《あくば》でござんすぜ、何《ど》うで生かして置いたからって為になる奴じゃアありやせん、寧《いっ》そ今から往って是までの意趣返《いしげえ》しに……」
 一同「そうとも/\遣付《やっつ》けろ」
 文「それをする位なら、こうして一同へ手を下げて頼みはせぬ、まア己に任してくれえ」
 ×「旦那の仰しゃる事だから一言《いちごん》でも背《そむ》きたかア無《ね》えが、本当に彼奴《あいつ》ア憎らしいからなア」
 文「それだから頼むのじゃ、何《ど》うぞ其の宅へ案内してくれ」
 ×「別段案内にゃア及びますめえ、先刻《さっき》二三人廻して縛《くゝ》って……」
 文「何《なん》だ、縛《くゝ》り上げて置いた、無法なことをするなア、そんなら仕方がない、兎も角|此処《こゝ》へ連れて来てくれぬか」
 暫く経ちますると、「助けて/\、何《ど》うかお慈悲を/\」と叫び狂う婦人を連れてまいりました。数多《あまた》の罪人が揃《そろ》って居りますのを見て、その婦人は色を失って居ります。文治は遠くより声をかけまして、
 文「これ/\手荒いことをするな、
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