の内佐渡は水掻人足《みずかきにんそく》と申しまして、お仕置の中《うち》でも名目《みょうもく》は宜《よ》いのでござりますが、囚人《めしゅうど》の身に取っては一番|辛《つら》い処でありますから、滅多に長生《ながいき》する者はございませぬ。今文治が遠島と極りましたのは三宅島でございます。いよ/\船が万年橋から出るという前夜になって、親戚|故旧《こきゅう》の人に知らせますので、当日は親類縁者は申すに及ばず、友人達は何《いず》れも河岸に集って身寄の囚人を待受けて居ります。其の内に追々囚人が送られてまいりますが、中には歩けませんで畚《もっこ》に乗って参る者もございます。文治は成るたけ人に逢わぬように、俯向《うつむ》いて目立たぬように小さくなってまいりましたが、國藏が早くも見付けまして、
國「やア旦那々々」
文「國藏か、よく来てくれたな、皆《み》んな達者で居《お》るだろうな」
國「へえ、皆《みん》な達者ですが、旦那、何故《なぜ》私《わっち》を代りにやってくれねえんです、やい森松、早くお町様をお連れ申せ」
文「こりゃ國藏|何故《なにゆえ》に町を連れて来たか、此の姿を女房に見せて己《おれ》に恥を掻かせるのか、此処《こゝ》へ連れて来ると女房も貴様も離縁してしまうぞ、此の文治は予《かね》て切腹と覚悟して居ったところ、上《かみ》のお慈悲で助けられ、生恥《いきはじ》を曝《さら》すことかとなるたけ人に姿を見られぬよう心して来たのに、未練にもお前達まで集まって此の文治に恥の上塗《うわぬり》をさせる了簡か、近寄ると生涯義絶するぞ」
國藏は恟《びっく》り驚いて、
國「何時《いつ》に変らぬ旦那の気象、悪い気で来たのじゃ無《ね》えから勘弁して下せえ、やア森松、御新造を橋の上に置いて手前《てめえ》ばかり来い」
森「だってそりゃア無理というものだ、御新造様、旦那があゝ云っても生涯のお別れですから、彼処《あすこ》までお出でなせえ」
町「いゝえ、私《わたくし》は此処《こゝ》でお顔を拝見してお別れいたします、日頃の御気象はよう存じて居ります」
と橋の上にて手を合せたまゝ、声も出さず、涙一滴流しもせず、一心に夫の無事を祈って居ります。森松は気の毒に思いまして、
森「御新造様、たとい叱られてもお側へ往って一目お逢いなせえまし」
町「未練がましく近寄れば必ず離縁されるに相違ござりませぬ、私《わたし》ゃアそれが辛《つろ》うございますから」
國「やア森松、もう時間が切れるぞ、早く/\」
時に獄丁《ごくてい》の横目《よこめ》と申す者が、
「さア/\限りはねえ、早くしろ/\、長くなると為に成らねえぞ」
と一々囚人を集めて居ります中《うち》に、ブウ/\という法螺貝の音、
横「さア/\此奴《こいつ》らア何時《いつ》まで居やがるんだ」
と追々囚人を引立てゝ船に乗込まして居ります。
十三
見送って居ります國藏、森松の両人は
「旦那ア、旦那ア、御新造を始め後《あと》のこたア御心配なさいますな」
と男泣に泣出す途端に亥太郎が駈付けてまいりまして、
亥「森松、國藏、旦那は何処《どこ》に居るんだ」
國「あゝ亥太郎兄イか、旦那は彼処《あすこ》へ」
亥「ど、ど何処に」
森「もう船に乗っていらア」
亥「やア旦那、一寸《ちょっと》待って下せえ、遅かった」
役「これ/\控えろ、もう時間だ」
亥「時間も糸瓜《へちま》もあるものか、ぐず/\すると打殺《ぶちころ》してしまうぞ、誰だと思う、豊島町の亥太郎だぞ」
役「やアまた亥太郎めが来やがったな」
亥「やかましい、旦那、何《ど》うも飛んだ事になりましたなア」
と鬼を欺《あざむ》く亥太郎も是が一生の別れかと、わッとばかりに泣出しました。附添の同心も予《かね》て亥太郎の事は承知して居りますから、
同心「やア亥太郎が始めて泣きやアがったぜ、大きな口だなア、其の癖手放しで泣いて居やがらア、アッハヽハヽ、さア/\もう宜《よ》かろう」
亥「えゝ未《ま》だ何《なん》にも云やしねえ、ぐず/\しやがると死者狂《しにものぐる》いだぞ、片ッ端から捻《ひね》り殺すからそう思え」
文「これ/\亥太郎殿、お上《かみ》の御法を犯しては成りませんぞ、何事も是までの因縁と諦めて、随分達者にお暮しなさい」
亥「お前さんばかり口がきけて私《わっち》にゃア少しもく、く、口がきけねえ、旦那、達者でいて下せえよ」
此処《こゝ》へ大橋の方から前橋《まえばし》の松屋新兵衞《まつやしんべえ》が駈付けてまいりましたが、人ごみで少しも歩けませぬ、突退《つきの》け撥返《はねかえ》し、或《あるい》は打たれ或は敲《たゝ》かれ、転がるように駈出しましたが、惜《おし》いかな罪人はあらまし船に乗って、今一度の貝の音でいよ/\出帆するのであります。新兵衞は大
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