ナござりますか」
 文「縁頭《ふちかしら》は赤銅魚子《しゃくどうなゝこ》、金にて三羽の千鳥、目貫《めぬき》は後藤宗乘の作、鍔《つば》は伏見の金家の作であります」
 喜「承知いたしました、様子に依《よ》ったら御主人へ申上げて置きましょう」
 文「いや、それは余り大業《おおぎょう》です、時の御老役のお耳に入れるまでの事はございません」
 喜「併《しか》し御前へ上《あが》りますと折々文治は何方《どちら》に居《お》るのであろうというお尋ねがござりますゆえ」
 文「いつに変らぬお情、切腹を御免になり、又流罪を御赦免下さいましたのも、皆|其許《そこもと》のお執成《とりなし》と右京殿の御仁心《ごじんしん》による事、文治は神仏より尊《とうと》く思うて居ります」
 喜「いや、それと申すも、其許の日頃の行状が宜《よ》ければこそ、我らは真に世の中の鑑《かゞみ》と信じて居ります、時に御家内様、敵《かたき》の行方が知れまして嘸々《さぞ/\》お悦びでござりましょう」
 と一通りの挨拶をして、大分|夜《よ》も更けましたゆえ藤原喜代之助は暇《いとま》を告げて、一先《ひとま》ず我家へ帰りました。

  四十四

 喜代之助は一旦我家へ帰りましたが、夜《よ》の明くるを待兼て、其の夜の中《うち》に奥の女中に、
 喜「夜更《よふけ》にて恐入りますが、文治夫婦のお物語を申上げとうござる」
 と取次を願いました。右京殿はお側の者を相手に一口召上っておいでの所へ、女中のお取次、早速御面会、喜代之助が
 喜「予《かね》てお話のござりました文治|事《こと》、来《きた》る十四日夕|申刻《なゝつ》頃、向島に於て舅《しゅうと》の敵《かたき》大伴蟠龍軒を討ちます」
 と申上げますと、
 右京「本来ならば早速町奉行を呼んで取鎮め方を申付くべき筈であるが、予て義侠の心に富みたる業平文治が、舅の敵を討つとあっては棄置く訳にも行《ゆ》くまい、承まわれば蟠龍軒とやらは宜《よ》からぬ奴じゃそうな、討たせるが宜い」
 と仰せられて、其の夜密書を藤原に持たせ、「文治の身の上に万一の事なきよう忍びやかに警固致し候うように」と御老中お月番松平右京殿より南町奉行石川土佐守殿へ御内達になりました。委細承知の趣《おもむき》を申上げて、それ/″\手配りを致しました。此方《こなた》文治は其の夜から湯を沸かさして身体を浄め、ゆる/\十四日を待って居ります。またお町も例《いつ》になく磨き立て、立派に髪を結上げまして、当日は別して美しく化粧を致しました。只さえ人並勝れた美人、髪の出来たて、化粧のしたて、衣類も極々《ごく/\》上品な物を選みましたので、いや綺麗の何《なん》の眼が覚《さめ》るような美人であります。殊《こと》に貞女で、女の業《わざ》は何《なん》でも出来るというのでありますから、文治とは好一対《こういっつい》の美夫婦であります。頃は向島の花見時、一方口《いっぽうぐち》の枕橋近辺に其れとなく見張って居りますので、往来《ゆきゝ》の人は立止りますくらい、文治は遥か離れて向島より知らせの来るのを待受けて居ります。そこら辺《あたり》に八丁堀の同心がちら/\見えるは、余所《よそ》ながら文治夫婦を警固して居《お》るのでござります。それから又權三郎の入汐《いりしお》から三囲渡《みめぐりわた》し、竹屋の渡しは森松、國藏が持切りで見張って居ります。其の頃は今と違いまして花見の風俗は随分|下卑《げび》たもので、鼻先の円《まる》くなった百眼《ひゃくまなこ》を掛け、一升樽を提《さ》げて双肌《もろはだ》脱ぎの若い衆《しゅ》も多く、長屋中総出の花見連、就中《なかんずく》裏店《うらだな》の内儀《かみ》さん達は、これでも昔は内芸者《うちげいしゃ》ぐらいやったと云うを鼻に掛けて、臆面《おくめん》もなく三味線を腰に結び付け、片肌脱ぎで大きな口を開《あ》いて唄う其の後《あと》から、茶碗を叩く薬缶頭《やかんあたま》は、赤手拭の捩《ねじ》り鉢巻、一群《ひとむれ》大込《おおごみ》の後《うしろ》から、脊割羽織《せわりばおり》に無反《むぞり》の大小を差し、水口《みなくち》或は八丈の深い饅頭笠《まんじゅうがさ》を被《かぶ》って顔を隠したる四五人の侍がまいりました。確かにそれと思いましたが、顔は少しも見えませぬ。文治は扨《さて》はと身固めをして、件《くだん》の侍の近寄るを待って居ります後《うしろ》から、立花屋の忰《せがれ》が予《かね》ての約束に従い、渋団扇《しぶうちわ》をもって合図を致しました。ところが、ずぶろく酔うた亥太郎が横合からひょろ/\出かけまして、突然《いきなり》侍の笠に手を掛け、力まかせに引きますと、二人の侍は笠を取られて輪ばかり被り、真ッ赤になって、
 侍「やい待て、無礼だ」
 亥「やア人違《ひとちげ》えだ、そんなら此奴《こいつ》か」
 とまた側に居
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