セ」
 文「何《なん》ともお礼の申そうようもございませぬ、こゝは越後の新潟近所でございましょうな」
 船「どうして/\、これから新潟までは何百里という海路、三日や五日で往《い》かれるもんじゃアねえ」
 と聞いて文治は今更|呆気《あっけ》に取られて居りまする。

  三十九

 文治は暫《しば》し呆気に取られて居りましたが、
 文「新潟通いの船とあれば、定めし此の船は新潟へまいるのでございましょうな」
 船「へえ、新潟へ往《い》く船でがす、見受けるところお前様《めえさん》はお武家様のようだが、一体|何処《どこ》のお方かね」
 文「私は江戸の者でござります、故《ゆえ》あって越後新潟へまいります途中、信州二居ヶ峰、中の峠にて山賊に出会い追い往《ゆ》く中《うち》、女房を見失い、彼方《あちら》此方《こちら》と尋ねますと、新潟沖に大船《たいせん》があって、其の船に海賊が……」
 と云いかけて四辺《あたり》を見廻し、
 文「多分その大船に居《お》るであろうと人々のいうにまかせ、取急ぎ新潟へまいりまして、旅宿《りょしゅく》にて船の様子を尋ねて居《お》ると、こう/\いう奴の勧めに従い、二人《ににん》の舟人を雇うて沖へ乗出したところが、図らずも難風に出会い、その二人の舟人は途中に於《おい》て相果てました、一人《いちにん》の舟人が死際《しにぎわ》の懴悔話《ざんげばなし》を聞きますると、旅宿で船の世話をしてくれた商人《あきんど》も其の二人の舟人も同じ穴の貂《むじな》、やはり海賊の手下であったそうでございます、察するところ私《わたくし》の女房も同じ仲間の奴に勾引《かどわか》され、海賊船《かいぞくぶね》に取押えられて居りはせぬかと案じて居《お》る折柄、こゝに死んで居る島人が、私の漂うて居った無人島へ来《きた》りしゆえ、辛《かろ》うじて其の舟に乗込み、一度新潟沖に着《ちゃく》いたし、女房の在所《ありか》を尋ねようと思って小舟を乗出したところが、又も難船して此の始末、お救い下さいまして有難う存じます、只今|貴所方《あなたがた》より此の船は新潟|行《ゆき》と承わって、恟《びっく》りするほど喜びました、此の上の御親切に何《ど》うか私を新潟までお連れ下さいまし、此の御恩は死すとも忘れませぬ」
 船「まア/\お前《めえ》さん、安心して目でも眩《まわ》すといかねえ、薬でも飲まっせえ」
 文「何から何まで辱《かたじけ》のう存じます」
 船「お前《めえ》らが連《つれ》の死んだ人ア何《ど》うすべえ」
 文「ほんに心付かなかった、只今まで船の中で死んだ者は何ういう扱いを致すものでしょう」
 船「陸《おか》が近けりゃア伝馬《てんま》へ積んで陸へ埋《うめ》るだが、何処《どこ》だか知んねえ海中じゃア石ウ付けて海へ打投《ぶっぽ》り込むだ」
 文「左様ですか、永く置いては船の汚《けが》れ、此の儘|何《ど》うぞ」
 船「おゝ合点《がってん》だ、客人|成仏《じょうぶつ》さっせえ、それ/\江戸の客人危ねえぞ」
 文「はい、有難う存じます、南無阿弥陀仏/\」
 さて文治は船頭の介抱にて身体も以前に復し、それ/″\金を出して礼をいたし、日を経て無事に新潟沖へ着船いたしまして、伝馬で陸《おか》へ上《あが》り、一同無事を祝して別れを告げました。これより文治は彼方《あなた》此方《こなた》と尋ね廻りまして、漸《ようや》く此の前泊りました旅籠屋《はたごや》へまいりました。
 文「はい、御免下さい」
 女「入っしゃいまし」
 文「一昨年中はいろ/\お世話になりました」
 と云われて主人は暫く文治の顔を見詰めて居りましたが、漸く思い付いたと見えまして、
 主「やア旦那様、よくまア……ほんにマア宜《よ》く御無事でお帰りなさいましたなア、何《ど》うして助かりやしたえ、あの時|私《わし》があれ程お前様《めえさま》に、ありゃア海賊の手下だと申しやしたのに、何《なん》でもお前様ア見物に往《い》くだってお出でなさりやしたが、それきりお帰りが無《ね》えから、いくらお侍でも殺されたんべえと思っていやしたが、宜くまア帰ってござらしった、お目出度《めでと》う存じます」
 文「いや、あの二人の舟人と親船までまいらぬ内に難船してな」
 主「へえー難船しなすったかえ」
 文「どうせ魚の餌食《えじき》と覚悟して船の漂うまゝに任したのが、却《かえ》って幸いとなって無人島《むにんとう》へ着きましてな」
 主「へえ、無人島、それから何《ど》うしなすった」
 文「いやはや無人島でさん/″\難儀いたしました」
 主「まア、そりゃア飛んだ事でござりやした、お同伴の船頭二人は何《ど》う為《な》せえましたね」
 文「お前のいう通りあの二人も海賊の手下であった」
 主「それ御覧なせえ、それだから私《わし》があんなに止めたのに到頭《とうとう》強情をお張りな
前へ 次へ
全56ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング