ウって」
 文「今更そんな事を云っても追付《おっつ》かない」
 主「その二人は何《ど》うしやした」
 文「天罰は恐ろしいもので到頭船の中で死にました」
 主「旦那様がお殺しなすったのでやすかえ」
 文「いや左様ではない、彼ら二人は毒を喰って死にました」
 主「へゝえ成程、因果ちゅうものは恐ろしいもんでやすなア」
 文「御主人、話は変るが、この貼付《はりつけ》の中《うち》にある短冊《たんざく》は何者の筆蹟でござるな」
 主「へえ、こりゃ熊女が書きやした」
 文「その熊女と申すのは誰でござるな」
 主「何《なん》だか知りましねえが、信州の山の中で熊に助けられたとかいう女でござりやす」
 文「はてな、この歌といい筆蹟といい好《よ》く似た者もあるものだな」
 と暫く首を拈《ひね》って居りましたが、
 文「こりゃア正《まさ》しくお町の筆蹟に相違ない……この女はまだ生きて居りますか」
 主「生きて居《お》るにも何も此の通り字を書きます」
 文「何処《どこ》に此の女は居りますか」
 主「此の間まで二居峠、中の峰の寺に居りやしたそうで、これを其の先頃《せんころ》当所で海賊を退治しやした江戸の剣術の先生が聞付けやしてな、美人だてえので態々《わざ/\》逢いに往《い》きやしたところが、その熊女が逃出したそうで、けれども先生だから免《ゆる》さねえ、山の中へ追ッ掛けてまいりやすと、何処《どこ》を何《ど》う嗅付けたか、大きな熊がむく/\と出て来やして、先生様の腕を押えておっぽり出しやした、それきりさア、誰もその熊が怖《おっ》かねえッて其の山へ往《ゆ》く者《もな》アありやせんよ」
 と伝聞の儘を物語りました。

  四十

 文「御亭主、それは何時頃《いつごろ》の事ですか」
 主「なアに直《じき》先月のことでありやす」
 文「左様か、どうも有難い、就《つい》ては御亭主|中食《ちゅうじき》の用意をして下さい、今から夜へ掛け、その二居峠中の峰まで往《ゆ》かにゃアならぬ」
 主「へえ、あなたも熊女に逢いたいのでがすかえ、兎角剣術の先生は熊女が好きと見えますな」
 文「そんな事は何《ど》うでも宜《よ》い、早く中食を」
 主「今から何うでも往《い》かっしゃるか、十里べえありやすぜ」
 文「次第に依《よ》っては一晩ぐらい途中へ泊っても苦しゅうない」
 主「さア駄目でがす、雨え降ってまいりやした」
 文「ウーム、何処《どこ》まで天道様は此の文治をお憎《にくし》みなさるか、これしきの雨、何程のことやある、それッ」
 と身軽に打扮《いでた》ち、夜《よ》に入《い》るも厭《いと》わず出立いたしますると、途中から愈々《いよ/\》雨が烈《はげ》しくなりましたので、余儀なく一泊いたしまして、翌日二居峠の三俣村という処へまいります。日はとっぷりと暮れて足元も分らぬくらいになりました。地の理は宜《よ》く聞いてまいりましたから、岐路《わかれみち》に迷いもせず、足元を見ては歩一歩《ほいっぽ》山深く入ってまいりますると、大樹《だいじゅ》の蔭からのっそりと大熊が現われ出でました。流石《さすが》の文治も恟《びっく》りして、思わず二三歩|後《あと》へ退《さが》り、刀の柄《つか》に手を掛けて寄らば突かんと身構えましたが、更に飛付く様子もなく、先に立って後《うしろ》を振向き/\心ありげに奥深くまいります。
 文「さては噂に聞いたお町を助けし熊はこれなるか、併《しか》し遥々《はる/″\》越後から雨を冒《おか》して此の山奥まで尋ね来て、お町で無かった日にゃア馬鹿々々しいな、何《ど》うかお町であってくれゝば宜《い》いが」
 と心中に神々を祈りながら熊に尾《つ》いてまいります。やがて半道《はんみち》も来たかと思いますと、少し小高き処に一際《ひときわ》繁りました樹蔭《こかげ》がありまする。何か知らんと透《すか》して見れば、樵夫《きこり》が立てましたか、但《たゞ》しは旅僧《たびそう》が勤行《ごんぎょう》でもせし処か、家と云えば家、ほんの雨露《うろ》を凌《しの》ぐだけの小屋があります。文治は立止って表から大声に、
 文「えゝ、お小屋に何方《どなた》かおいでなさるか、はて、人のいそうな家だが、御免下さい」
 と中へ入って見ましたが、暗がりで少しも分りませぬ。懐中から用意の火打道具を取出しまして、附木《つけぎ》に移し、四辺《あたり》を見ますと、何時《いつ》か熊は何処《どこ》へか往ってしまいました。
 文「何《ど》うも人の住んだような跡があるが」
 と又附木を出して隈《くま》なく見廻しますと、柱とおぼしき処に何か書いてあります。それも木の燃えさしで書きましたのですから、はっきり分り兼ます。その内に附木は燃え切ってしまう。
 文「やア、こりゃ困ったわい」
 と其処《そこ》らの木屑《きくず》に火を移して読みますると、「我が恋は
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