ゥると、枕元でキャッという叫び声、さては人殺しと寝ぼけ眼《まなこ》で曲者の腰の辺《あたり》へ噛《かじ》り付いたが、その曲者も中々|堪《こた》えた奴で、私《わっち》へ一太刀《ひとたち》浴《あび》せやがった、やられたなと思ったが、幸いに仕事の帰りで、左官道具をどっさり麻布《さいみ》の袋に入れて背負《しょ》っていたので、宜《い》い塩梅《あんばい》に切られなかった、振放す機《はずみ》に引断《ひっちぎ》った煙草入、其の儘土手下へ転がり落ちた、こりゃ堪《たま》らぬと草へ掴《つか》まって上《あが》って見たら、何時《いつ》の間にか曲者は跡を晦《くら》ましてしまう。翌日《あくるひ》聞けば殺された奴は盲目《めくら》の侍だそうで、其の時図らず取った煙草入だが、持っていちゃア悪かろうとぐず/\している中《うち》に親父の大病、医者に掛けるにも銭はなし、脊《せ》に腹は代えられねえから、一時の融通に旦那へお預け申しましたが、其の儘になっているのでさア」
町「亥太郎さん、それは確かに五月三十日のことですね」
亥「えゝ、勘定取った帰りがけで」
町「その殺された侍は盲目でございますか」
亥「いかにも」
友「もし棟梁、その煙草入は私《わっち》が銀座の店で蟠龍軒に売った品、御新造の敵《かたき》は確かに蟠龍軒でございますぞ」
お町は恟《びっく》りして、
町「え、父の敵はあの蟠龍軒ッ」
亥「御新造、あなたのお父《とっ》さんの敵が蟠龍軒と知れて見れば、この敵討《かたきうち》をせざアなりませんよ」
友「そうとも/\、此品《これ》こそ何よりの証拠、私《わし》が確かに証人でござります」
と一同歯がみをなして居ります処へ、家守《いえもり》の吉右衞門《きちえもん》が悦ばしそうに駈けてまいりまして、
吉「皆《みん》な悦んで下せえ、今日お奉行所よりのお達しで、旦那様が御赦免になりました、もう直ぐにお帰りでございます」
亥「えッ、旦那が赦免だ、そりゃア有難《ありがて》え」
國藏と森松は気も顛倒《てんどう》して、物をも云わず躍《おど》り上って飛出し、文治の顔を見るより、あッと腰を抜かしてしまいました。
亥「そんな処で腰を抜かしてくれちゃア困るじゃねえか」
と大騒ぎ。近所では火事と間違えて手桶《ておけ》を持って飛出すもあれば鳶口《とびぐち》を担《かつ》いで躍り出すもあると云う一方《ひとかた》ならぬ騒動
前へ
次へ
全111ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング