も不覚であったの、それから何《ど》う致した」
 と膝を突付《つきつ》け、耳を欹《そばだ》てゝ居ります。

  八

 喜代之助は其の当時の事を想い起したものと見えまして、口惜《くや》し涙に暮れながら、
 喜「悪事というものは隠す事の出来ぬものと見えます、母は手前にさえ一言も話さぬ位ですから勿論《もちろん》隣家の者などに話す気遣いはございませぬが、何時《いつ》しか隣家の者が聞付けて、お淺さんも邪慳な事をなさる人だ、あのような辛抱強い年寄を、何が憎くって乾殺そうという了簡になったのだろう、お気の毒な事だ。と云ってお淺の不在を窺《うかゞ》い、親切にも粥《かゆ》か何かを持参致しました所へ、生憎《あいにく》お淺が帰ってまいりまして、烈火の如く憤《いきどお》り、いきなり其の食器を取って母の眉間《みけん》に打付け、傷を負わせました、其の時文治殿は何処《どこ》で聞付けましたか其の場に駈付けてまいりまして、義理ある親を乾殺そうとは人間業でない、此の様な者を生かして置いては此の上どんな邪慳な事を仕出来《しでか》すかも知れぬと云って、お淺を取って押えて口を引っ裂き……いや私《わたくし》が其処《そこ》へ帰ってまいって手討にいたしました」
 右「ふうむ、文治が其の毒婦を殺したのか」
 喜「いゝえ私が……」
 右「おゝ其方《そち》か、それは何方《どちら》でも宜《よ》い、文治という奴は余程義侠の心に富んだ奴と見えるな、定めし剣術の心得もあろうな」
 喜「はい、真影流《しんかげりゅう》の奥許《おくゆる》しを得て居りまして、なか/\の腕利《うできゝ》でございます」
 右「天晴《あっぱれ》な腕前じゃの、それで七人力あるのか」
 喜「御意にございます」
 右「以前《もと》は堀家の浪人と申すが左様であるか」
 喜「御意にございます」
 右「よし/\、それで文治の素性《すじょう》並びに日頃の行状は能く相分った、少し思う仔細があるから、内々《ない/\》にて蟠龍軒と申す者の素性及び行状を吟味いたすよう取計らえ」
 喜「畏《かしこ》まりました」
 それから段々蟠龍軒の身の上を取調べますると、法外な悪党という事が分りましたので、事細かに右京殿へ言上《ごんじょう》いたしました。それと同時に此方《こなた》は文治の身の上、石川土佐守殿は再応文治をお取調べの上、口証爪印《こうしょうつめいん》も相済みまして、いよ/\切腹を仰
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