れ、今日《きょう》まで惜《おし》からぬ命を存《なが》らえていたが、もうお母様《っかさま》を見送ったからにゃア後《あと》に少しも思い残すことはない、此の上は罪に罪を重ねても貴様を助けにゃア己《おれ》の義理が立たない、さアお役人衆《やくにんしゅ》、お手数《てかず》ながら此の文治に縄を打って、友之助と共に奉行所へお引立て下せえ、それとも乱暴者と見做《みな》し此の場に切捨てるというお覚悟なら、遺憾ながら腕の続く限り根《こん》限りお相手致します、如何《いか》に御処分下さるか」
と詰寄せまする。橋の上から四辺《あたり》は一面の人立《ひとだち》で、往来が止ってしまいました。
甲「こゝは往来だ、何を立っていやがるのだえ、さア/\歩け歩け」
時に亥太郎國藏の両人口を揃えて、
「静かにしろ、ぐず/\すると打殺《ぶちころ》すぞ」
野次馬「やア豊島町の乱暴棟梁だ、久しく見掛けなかったが、また始めたぞ」
流石《さすが》の与力も文治と聞いて怖気付《おじけつ》き、一先《ひとま》ず文治と友之助の両人を江戸橋の番屋へ締込みましたが、弥次馬連は黒山のようでございます。表に居りました亥太郎、森松、國藏は躍起《やっき》となって、
「此奴《こいつ》ら何が面白くって見に来やがった、片ッ端から将棋倒しにしてしまうぞ」
と有合《ありあわ》せたる六尺棒をぐん/\と押振廻《おっぷりまわ》して居ります。飯の上の蠅《はい》同然、蜘蛛《くも》の子を散らしたように逃げたかと思うと、また集ってまいります。其の中《うち》に与力の家来は斯《か》くと八丁堀へ知らせ、また一方は奉行所へ訴えますと、諸役人も驚いて早速駈付けました。時に表に居りました亥太郎、國藏、森松の三人は自身番へ這入りまして、
亥「えゝお役人様、蟠龍軒の屋敷へ踏込《ふんご》んで四五人の者を殺したのは私《わっち》です、何《ど》うぞ私を縛っておくんなせえ」
森「亥太郎|兄《あにい》か、そんな事を云っちゃア困るじゃねえか、お役人様、そりゃア私《わっち》の仕業で」
國「馬鹿をいうな、お前《めえ》たちは此の騒ぎで血迷うたか、己がやッつけたんだ」
文「一同静かにしろ、兎も角も御用の馬を引留めました乱暴者は私《わたくし》でござります、お手数《てかず》ながらお引立《ひきたて》の上、その次第を御吟味下さいまし」
出張の役人は文治を駕籠に乗せ、外《ほか》一同は腰
前へ
次へ
全111ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング