ナ込む太刀を受け止め、
 文「女を相手にしようとは卑怯な奴じゃな、さア此の文治が相手だ」
 時に見物一同声を挙げて、
 「馬鹿野郎、卑怯な奴だ、叩《たゝ》ッ切ってしまえ」
 乙「どうだえ、女が切られなくって宜《よ》かったなア」
 丙「どうも美《い》い女だなア、あの後姿の好《い》いこと、桜の花より美くしいや、ちょっと姉《ねえ》さん、此方《こちら》を向いて顔を見せておくれ」
 丁「気楽なことを云うな」
 同心「これ黙れッ、やかましい」
 甲「見ろ/\八丁堀が見張っているぞ、併《しか》し今日の花見は宜《い》い日だったなア、雨が降出さねえと好《い》いがな」
 乙「馬鹿野郎、こんなに日が当って居《い》るじゃねえか」
 甲「でも己《おれ》の頭へ露が垂れたぞ、やア今日の雨は腐っていると見えて馬鹿に臭いなア」
 と後《うしろ》を振向いて見ますと、糞柄杓《くそびしゃく》を担《かつ》いだ男が居ります。
 甲「この野郎め、途方もねえ野郎だ」
 同心「これ百姓、静かにしろ」
 見物「何《なん》だ箆棒《べらぼう》め、糞の掛けられ損か、それ打込むぞ、やア御新造|危《あぶね》え/\、此方《こっち》へお出でなせえ、やアれ危えッてば」
 こゝぞと文治は打込もうと隙を窺《うかゞ》って居りますと、蟠龍軒は其の切っ先に怖れてか、じり/\後《あと》へ退《さが》ります。
 見物「やア親爺《おやじ》、後《うしろ》は川だぞ、もう一足《ひとあし》で川だ、馬鹿野郎」
 と口々に呶鳴《どな》り立てられて、元来卑怯未練な蟠龍軒、眼が眩《くら》んだと見えまして、五分《ごぶ》の隙もないのに滅茶苦茶に打込みました。文治はチャリンと受流し、返す刀で蟠龍軒の二の腕を打落しました。やれ敵《かな》わぬと逸足《いちあし》出して逃出す後《うしろ》から、然《そ》うはさせじと文治は髻《たぶさ》を引ッ掴《つか》み、ずる/\と引摺り出して、
 文「さアお町、親の敵存分に怨《うら》め」
 町「はい……おのれ蟠龍軒、よくも我が父を殺せしよな、汝《おのれ》如き畜生のために永い月日の艱難苦労、旦那様は入牢《じゅろう》まで致したぞよ」
 と胸元目がけて一太刀打込みますると、
 文「お町待て、これ蟠龍軒、よくも今まで達者で居てくれたの、斯《こ》うなるからは最早怨みはないぞ、静かに往生しろよ、死後には必らず香華《こうげ》を手向《たむ》けて遣《つか》わすぞ」
 
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