、その親切は千万《せんばん》辱《かたじ》けないが、まア/\此処《こゝ》へ来い、お浪や早く國藏に着物を着せてやれ、森松、國藏夫婦は何時《いつ》の間《ま》に来たのだ」
 森「へえ、藤原様のおいでの少し前、いつもは蔵前の不動様へまいるんですが、今夜は御門が締りましたそうで」
 文「うむ、毎夜此の通りか、寒中といい況《ま》して今夜は此の大雨に……國藏、お前の親切は千万辱けないがな、命数は人の持って生れたものじゃ、寿命ばかりは神にも仏にも自由になるものじゃアない、神様や仏様は人の苦しむのを見て悦びなさる筈《はず》はないが、人が物を頼むにも無理力《むりぢから》を入れて頼んだからって肯《き》くものではない、お前も同じ人に生れていながら、この寒空《さむぞら》に垢離《こり》など取って、万一身体に障《さわ》ったら、それこそ此の上もない不孝じゃないか、お前の親切は届いて居《お》る、もう/\止してくれよ」

  四

 文治は國藏夫婦の水垢離《みずごり》を諫《いさ》めて居りますると、妻のお町が泣声にて、
 町「旦那様ア、お早く/\」
 文「なに、お母様《っかさま》が息を…」
 と病間に駈戻り、
 文「お母様、お母様、ほい、もういかんか」
 町「お母様ア、お母様ア」
 文「これ/\お町、そう泣悲《なきかなし》んでも仕方がない、もう諦めろ」
 萓「伯母様《おばさま》え、伯母様え、もう是がお別れか、伯母様え」
 藤「お萓、そう呼ぶものではない、文治殿、さぞ/\御愁傷《ごしゅうしょう》でござりましょう」
 文「いや永い御苦労を掛けました、あゝ何《ど》うも、思えば私《わたくし》も不孝を尽しましたなア」
 お町を始め一同顔を揃《そろ》えて言葉もなく、鼻詰らして俯向《うつむ》く折から、表の方《かた》で慌《あわた》だしく、
 「森松々々」
 森「おうい、豊島町《としまちょう》の棟梁《とうりょう》か」
 これは亥太郎《いたろう》という豊島町の棟梁でございます。
 亥「おゝ亥太郎だ」
 森松が立って戸を明けますると亥太郎は息急《いきせ》きながら、
 亥「森松、お母様《ふくろさま》は」
 森「たった今……」
 亥「えッ、亡《なくな》りなすったか、道理で新しい草鞋《わらじ》が切れて変だと思った、えゝ間に合わなかったな」
 森「昨日《きのう》からむずかしいから、お前さんの所へ知らせに往《い》くとな、今朝早く成田へ立
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