「》きなせえまし」
 文「いや大事ない、ひもじい時に不味《まず》い物なし、是非一飯売って貰いたい、大分《だいぶ》身体も暖まって来た」
 と御飯の出来るのを待って居りますと、
 老「旦那様、お飯《めし》が出来やしたが、菜《さい》は何もありませんぜ、只|玉味噌《たまみそ》の汁と大根のどぶ漬があるばかりだ」
 文「何《なん》でも苦しゅうない、そんなら一飯頂かして下さい」
 と文治は漸《ようよ》う飢《うえ》を凌《しの》ぎまして、
 文「これ/\親父殿《おやじどの》、これは些《いさゝ》かであるが、ほんのお礼の印だ」
 老「やア旦那様、こんなに頂いちゃア済まねえな」
 文「どうか受納して貰いたい」
 老「はい/\恐入ります、有難う存じます」
 文治は支度そこ/\猟師の家を立去りまして、三俣へ二里半、八木沢《やぎさわ》の関所、荒戸峠《あらどとうげ》の上下《じょうげ》二十五丁、湯沢《ゆさわ》、関宿《せきじゅく》、塩沢《しおざわ》より二十八丁を経て、六日町へ着《ちゃく》しました。其の間《あいだ》凡《およ》そ九里何丁、道々も手掛りの様子を聞きつゝまいりますこと故、なか/\捗取《はかど》りませぬ。夕景|漸《ようや》く六日町に着しますと、松屋仙次郎《まつやせんじろう》という商人宿がございます、尋ね物をするには斯《こ》ういう宿に若《し》くはないと考えて、宿の表に立ちかゝりますと、
 下女「お早うござりやす、お寒うござりやす、只今お湯を上げやす、えゝ内の旦那どん、お客あはアお侍様だが、此間《こねえだ》見たように座敷が無《ね》えとって、グザラ[#「グザラ」に傍点]しっても困りやすのう」
 文「いや/\、皆々と同席でも大事ない」
 女「はアそうけえ、お湯へ這入《へえ》りますけえ」
 文「都合で何《ど》うでも宜《よ》い」
 女「さア此処《こけ》えお上んなせえまし、お荷物を持ってめえりやしょう」
 文「もう宜い/\……これは皆さん御免下さい、御一同お早いお着きですな」
 旅人「これは/\旦那様、さア上座《かみざ》へお坐りなせえ」
 文「何《ど》う致して、後《あと》からまいって上座《じょうざ》は恐入る、私は何分《なにぶん》にも此の寒さに耐《こた》えられないから、なるたけ囲炉裏の側へ坐らして貰いたい、今日の寒気《かんき》は又別段ですなア」
 旅「旦那様、お一人でごぜえますか」
 文「はい、連れがありました
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