いう文面ではありますが、其の内に六月も過ぎて七月になりました時に、身体も達者になり、こんな山の中に居たくもない、江戸へ帰って出入《でいり》町人の世話に成りたい、忠平の親父も案じているであろうから、岩吉の処へ行って厄介になりたいと、常々喜六という家来に云って居りました。然《しか》るに此の喜六が亡《な》くなった跡は、親戚《みより》ばかりで、別に恩を被《き》せた人ではないから、気詰りで中の条にも居《い》られませんので、忠平と相談して中の条を出立し、追分《おいわけ》沓掛《くつがけ》軽井沢《かるいざわ》碓氷《うすい》の峠も漸《ようや》く越して、松枝《まつえだ》の宿《しゅく》に泊りました、其の頃お大名のお着きがございますと、いゝ宿屋は充満《いっぱい》でございます。お大名がお一方《ひとかた》もお泊りが有りますと、小さい宿屋まで塞《ふさ》がるようなことで、お竹は甲州屋《こうしゅうや》という小さい宿屋へ泊りまして、翌朝《あくるあさ》立とうと思いますと、大雨で立つことも出来ず、其の内追々山水が出たので、道も悪し、板鼻《いたはな》の渡船《わたし》も止り、其の他《ほか》何処《どこ》の渡船も止ったろうと云われ、
前へ 次へ
全470ページ中267ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング