せいじ》どん」
清「そら、己の方へ来た」
下婢「取っても附けないよ、変な奴だよ」
清「女でも宜《よ》いのに、仕様がないね」
 と若い者が悪浪人《わるろうにん》の前へ来て、額へ手を当て、
若「えへゝゝ」
甲「変な奴が出て来た、手前は何だ」
若「今日《こんにち》は生憎《あいにく》主人が下町までまいって居りませんから、手前は帳場に坐っている番頭で、御立腹の処は重々|御尤《ごもっとも》さまでございますが、何分にもへえ、全体お前さんが逆らっては悪い、此方《こなた》で御立腹なさるのは御尤もで仕方がない謝まんなさい、えへ……誠に此の通り何も御存じないお方で相済みませんが…」
甲「只相済まん/\と云って何う致すのだ」
若「どうか旦那さま」
甲「うん何だと、何が何うしたと、此椀《これ》を何う致すよ、只勘弁しろたって、泥ぽっけにした物が喰えるかい」
清「左様なら旦那さま、斯様致しましょう、お料理を取換えましょう、ちょいとお芳《よし》どん、是をずっと下げて、何か乙《おつ》な、ちょいとさっぱりとしたお刺身と云ったような[#「ような」は底本では「なうな」]もので、えへゝゝ」
甲「忌《いや》な奴だな、空笑《そらわら》いをしやアがって」
清「ずっとお料理を取換え、お燗の宜《よ》い処を召上り、お心持を直してお帰りを願います」
 それより他に致し方がないので、酒肴《さけさかな》を出しまして、
清「是は手前の方の不調法から出来ました事でげすから、其のお代は戴きません、皆様へ御馳走の心得で」
乙「黙れ、不礼至極なことを云うな、御馳走なんて、汝《てまえ》に酒肴《しゅこう》を振舞って貰いたいから立腹致したと心得て居《お》るか、振舞って貰いたい下心で怒《おこ》ってる次第じゃアなえぞ」
清「いえその最初《はじまり》は上げて置いて、あとで代を戴きます」
甲「汝《てまえ》では分らんもっと分る者を遣《よこ》せ」
 二階では織江殿も心配して居りますところへ、喜六が泣きながら昇《あが》ってまいりました。

        十二

 喜六は力無げに二階へ上《あが》ってまいり、
喜「はい御免下せえまし」
織「おゝ喜六か、是へ来い/\」
喜「はい、誠に何ともはア申訳のねえ事をしました、悪い奴にお包を奪《と》られて」
織「困ったものじゃアないか、何故《なぜ》草履を懐へ入れて二階へ上ったのだよ、草履を懐へ入れて上へ昇《あが》るなどという事があるかえ」
喜「はい、田舎者で何も心得ませんから」
織「何も心得んとて、先方で立腹するところは尤《もっと》もじゃアないか、喰物《くいもの》の中へ泥草履を投入れゝば、誰だって立腹致すのは当然《あたりまえ》のことじゃ、それから何う致した」
喜「へえ、三人ながら意地の悪い奴が揃ってゝ、家来の不調法は主人の不調法だから、余所目《よそめ》に見て二階に居ることはねえ、此処《これ》へまいり、成り代って詫をしたら堪忍してくれると云いまして、お包を取上げましたから、渡すめえと確《しっ》かり押えると、あんた傍に居た奴が私《わし》の頭を叩いて、無理やりに引奪《ひったく》られましたから、大切な物でも入《へえ》って居《お》ろうかと心配して居ります」
織「何も入って居らん空風呂敷《からぶろしき》ではあるが、不調法をして詫をせずに置く訳にもいかん、手前の事から己が出ると、拙者は粂野美作守家来渡邊織江と申す者でござると、斯う姓名を明かさんければならん、己の名前は兎も角も御主人の名を汚《けが》す事になっちゃア誠に済まん訳じゃアないか、手前は長く奉公しても山出しの習慣《しぐせ》が脱《ぬ》けん男だ、誠に困ったもんだの」
喜「へえ、誠に困りました、然《そ》うして私《わし》が頭ア五つくらしました」
織「打《う》たれながら勘定などをする奴が有りますか」
喜「余り口惜《くやしゅ》うございます、中央《まんなか》にいた奴の叩くのが一番痛うござえました」
織「誠に困るの」
竹「お父《とっ》さま、斯う致しましょうか、却《かえ》って先方が食酔《たべよ》って居りますところへ貴方が入らっしゃいますより、私《わたくし》は女のことで取上げもいたすまいから、私が出て見ましょうか」
織「いや、己がいなければ宜《よ》いが、己がいて其の方を出しては宜しくない」
竹[#「竹」は底本では「喜」]「いゝえ、喜六と私《わたくし》と二人で此処《こゝ》へまいりました積りで、誠に不調法を致しましたと一言申したら宜かろうと存じます、のう喜六」
喜「はい、お嬢様が出れば屹度《きっと》勘弁します、皆《みん》な助平そうなものばかりで」
織[#「織」は底本では「竹」]「こら、其様《そん》なことを云うから物の間違になるんだ」
竹「じゃア二人の積りで宜《い》いかえ、私《わたくし》は手前を連れてお寺参りに来た積りで」
喜「どうか何分にも願います」
 とお竹
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