の後《あと》に附いて悄々《しお/\》と二階を下りる。此方《こちら》は益々|哮《たけ》り立って、
甲「さア何時までべん/\と棄置くのだ、二階へ折助《おりすけ》が昇《あが》った限《ぎ》り下りて来んが、さ、これを何う致すのだ」
と申して居《お》るところへお竹がまいり、しとやかに、
竹「御免遊ばしませ」
甲「へえお出でなさい、何方《どなた》さまで」
竹「只今は家来共が不調法をいたして申訳もない事で、何も存じません田舎者ゆえ、盗《と》られるとわるいと存じまして、草履を懐へ入れて居《お》って、つい不調法をいたし、御立腹をかけて何とも恐入ります、少し遅く成りましたから早く帰りませんと両親が案じますから、何卒《なにとぞ》御勘弁遊ばしまして、それは詰らん包ではございますが、これに成り代りまして私《わたくし》からお詫を致します事で」
甲「どうも是は恐入りましたね、是はどうも御自身にお出《い》では恐入りましたね、誠にどうもお麗《うる》わしい事でありますな、へゝゝ、なに腹の立つ訳ではないが、ちょっと三人で花見という訳でもなく、ふらりと洗湯《せんとう》の帰り掛けに一口やっておる処で、へゝゝ」
竹「家来どもが不調法をいたし、嘸《さぞ》御立腹ではございましょうが……」
甲「いや貴方のおいでまでの事はないが、お出《い》で下されば千万有難いことで、何とも恐入りました、へゝゝ、ま一盃《ひとつ》召上れ」
と眼を細くしてお竹を見詰めて居りますから、一人が気をもみ、
乙「何だえ、仕方がないな、貴公ぐらい女を見ると惚《のろ》い人間はないよ、女を見ると勘弁なり難い事でも直《すぐ》にでれ/\と許してしまう、それも宜《よ》いが、後《あと》の勘定を何うする、勘定をよ、前に親娘連《おやこづ》れで昇《あが》った立派な侍が二階に居《い》るじゃアないか、然《しか》るを女を詫によこすてえ次第があるかえ、其の廉《かど》を押したら宜かろう、勘定を何うするよ」
甲「うん成程、気が付かんだったが、前《さき》に昇《あが》っていたか、至極どうも御尤《ごもっと》もだから然《そ》う致そうじゃアないか」
丙「何だか分らんことを云ってる、兎に角御主人がお詫に来たから、それで宜《い》いじゃアないか、斯様な人ざかしい処で兎や斯う云えば貴公の恥お嬢様の辱《はじ》になるから、甚だ見苦しいが拙宅へお招ぎ申して、一口差上げ、にっこり笑ってお別れにしたら宜《よ》かろう」
甲「これは至極|宜《よろ》しい、宅《たく》は手狭だが、是なる者は拙者の朋友《ともだち》で、可なり宅《うち》も広いから、ちょっと一献《いっこん》飲直してお別れと致しましょう」
と柔《やさ》しい真白な手を真黒な穢《きたな》い手で引張《ひっぱ》ったから、喜六は驚き、
喜「なにをする、お嬢様の手を引張って此の助平野郎」
甲「なに、此ん畜生」
と又騒動が大きくなりましたから、流石《さすが》の渡邊も弱って何うする事も出来ません。打棄《うっちゃ》って密《そっ》と逃げるなどというは武家の法にないから、困却を致して居りました。すると次の間に居りました客が出て参りました。黒の羽織に藍微塵《あいみじん》の小袖を着《き》大小を差し、料理の入った折を提げて来まして、
浪人「えゝ卒爾《そつじ》ながら手前は此の隣席《りんせき》に食事を致して、只今帰ろうと存じて居《お》ると、何か御家来の少しの不調法を廉《かど》に取りまして、暴々《あら/\》しき事を申掛け、御迷惑の御様子、実は彼処《あれ》にて聞兼《きゝかね》て居りましたが、如何にも相手が悪いから、お嬢様をお連れ遊ばして嘸《さぞ》かし御迷惑でござろうとお察し申します、入らざる事と思召《おぼしめ》すかしらんが、尊公の代りに手前が出ましたら如何《いかゞ》で」
織「これは何《なん》ともはや、折角の思召ではござるが、先方では柄《え》のない所へ柄をすげて申掛けを致すのだから、貴殿へ御迷惑が掛っては相済まん折角の御親切ではござるが、平《ひら》にお捨置きを願いたい」
浪人「いえ/\、手前は無禄無住《むろくむじゅう》の者で、浪々の身の上、決して御心配には及びません、御主名《ごしゅめい》を明《あか》すのを甚《ひど》く御心配の御様子、誠に御無礼な事を申すようでござるが、お嬢様を手前の妹の積りにして、手前は不加減で二階に寝ていたとして詫入れゝば宜しい」
織「何ともそれでは恐入ります事で、併《しか》し御迷惑だ……」
浪「その御心配には及びませんから手前にお任せなされ」
と提《ひっさ》げ刀で下へ下《おり》ると、三人の悪浪人《わるろうにん》はいよ/\哮《たけ》り立って、吸物椀を投付けなど乱暴をして居ります所へ、
浪人「御免を……」
甲「何だ」
浪人「手前家来が不調法をいたしまして、妹がお詫に出ました由《よし》怪《け》しからん事で、女の身でお詫をいたし、却《
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