せるように、御先祖さまが遺言状《かきつけ》を遺《のこ》したアだね、然うじゃアごぜえませんか、乃《そこ》でどうも私も奉公して居《い》るから、人に主人の事を悪党だ非道だと謂われゝば余《あん》まり快くもごぜえません、御先祖さまの遺言が有るから、貴方はそれを守り抜いてゝ、証文を取って奉公させると、中には又喰うや喰わずで仕様がねえ、なに指ぐらい打切《ぶちき》られたって、高《たけ》え給金を取って命い継《つな》ごう、なに指い切ったってはア命には障らねえからって、得心して奉公に来て、つい粗相で皿を打毀《ぶちこわ》すと、親から貰った大切《でえじ》な身体に疵うつけて、不具《かたわ》になるものが有るでがす、実にはア情《なさけ》ねえ訳だね、それも皆《みん》な此の皿の科《とが》で、此の皿の在《あ》る中《うち》は末代までも止まねえ、此の皿さえ無ければ宜《い》いと私は考えまして、疾《とう》から心配《しんぺえ》していました、所で聞けば、お千代どんは齢《とし》もいかないのに母《かゝ》さまが塩梅《あんばい》が悪《わり》いって、良《い》い薬を飲まねば癒らない、どうか母さまを助けたい、仮令《たとえ》指を切られるまでも奉公して人参を買うだけの手当をしてえと、親子相談の上で証文を貼り、奉公に来た者を今指い切られる事になって、誠にはア可愛そうにと思ったから、私が此の二十枚の皿を悉皆《みんな》打砕《ぶっくだ》いたが、二十人に代って私が一人死ねば、余《あと》の二十人は助かる、それに斯うやって大切《でえじ》な皿だって打砕《ぶちくだ》けば原《もと》の土塊《つちッころ》だ、金だって銀だって只形を拵えて、此の世の中の手形同様に取遣《とりや》りをするだけの物と考《かんげ》えます、金だって銀だって人間程|大切《たいせつ》な物でなえから、お上《かみ》でも人間を殺せば又其の人を殺す、それでも尚《な》お助けてえと思う心があるので、何とやらさまの御法事と名を付けて助かる事もありやす、首を打斬《ぶっき》る奴でも遠島で済ませると云うのも、詰り人間が大切だから、お上でも然うして下さるのだ、それを無闇に打斬《ぶちき》るとは情ねえ話だ、あなたの御先祖さまは東山将軍義政さまから戴いた、東山という大切な御苗字だという事は米を搗きながら蔭で聞いて知って居ますが、あの東山は非道だ、土塊《つちッころ》と人間と同じ様に心得ていると云われたら、其の東山義政のお名前までも汚《けが》すような事になって、貴方《あんた》は済むめえかと考《かんげ》えますが、何卒《どうか》して此の風儀を止めさせてえと思っても、他に工夫が無《ね》えから、寧《いっ》そ禍《わざわい》の根を絶とうと打砕《ぶっくだ》いてしまっただ、私一人死んで二十人助かれば本望でがす、私も若《わけ》え時分には、心得違《こころえちげ》えもエラ有りましたが、漸《よ、や》く此の頃|本山寺《ほんざんじ》さまへ行って、お説法を聞いて、此の頃少し心も直って参《めえ》りましたから、大勢の人に代って私一人死にます、どうか其の代り、お千代さんを助けてやって下せえまし、親孝行な此様《こん》な人は国の宝で土塊《つちッころ》とは違います、さ私を斬って下せえまし、親戚《みより》兄弟親も何も無《ね》え身の上だから、別に心を置く事もありません、さ、斬っておくんなせえまし」
 と沓脱石《くつぬぎいし》へピッタリ腰をかけ、領《えり》の毛を掻上げて合掌を組み、首を差伸ばしまして、口の中で、
權「南無阿弥陀仏/\/\/\/\/\/\」
 斯《かゝ》る殊勝《しゅしょう》の体《てい》を見て、作左衞門は始めて夢の覚めたように、茫然として暫く考え、
作「いや權六許してくれ、どうも実に面目次第もない、能《よ》く毀してくれた、あゝ辱《かたじ》けない、真実な者じゃ、なアる程左様……これは先祖が斯様な事を書遺《かきのこ》しておいたので、私《わし》の祖父《じゞい》より親父も守り、幾代となく守り来《きた》っていて、中指を切られた者が既に幾人《いくたり》有ったか知れん、誠に何とも、ハヤ面目次第もない、權六|其方《そなた》が無ければ末世末代東山の家名は素《もと》より、其方の云う通り慈昭院《じしょういん》殿(東山義政公の法名)を汚す不忠不義になる所であった、あゝ誠に辱ない、許してくれ、權六此の通り……作左衞門両手を突いて詫るぞ、宜くマ思い切って命を棄て、私の家名を汚さんよう、衆人《ひと》に代って斬られようという其の志、実に此の上もない感服のことだ、あゝ恥入った、実に我が先祖は白痴《たわけ》だ、斯様な事を書遺すというは、許せ/\」
 と縁先へ両手をついて詫びますと、傍に聞いて居りました忰の長助が、何と思ったかポロリと膝へ涙を落して、權六の傍へ這ってまいりました。
長「權六、あゝー誠に面目次第もない、中々|其方《そなた》を殺すどころじゃア
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