じゃく》として居りますから、作左衞門は太《ひど》く憤《おこ》りまして、顔の色は変り、唇をぶる/\顫《ふる》わし、疳癖《かんぺき》が高ぶって物も云われん様子で、
作「これ權六、どうも怪《け》しからん奴だて手前は何か気でも違ったか、狂気致したに相違ない、此皿《これ》は一枚|毀《こわ》してさえも指一本を切るという大切な品を、二拾枚|一時《いちじ》に砕くというのは実に怪しからん奴だ、さ何ういう心得か、御先祖の御遺言状《おかきもの》に対しても棄置かれん、只今此の処に於いて其の方の首を斬るから左様心得ろ、權六を取遁《とりにが》すな」
と烈《はげ》しき下知に致方《いたしかた》なく、家の下僕《おとこ》たちがばら/\/\と權六の傍へ来て見ますと、權六は少しも驚く気色もなく、縁側へどっさりと腰を掛けまして作左衞門の顔をしげ/\と見て居りましたが、
權「旦那さま、貴方《あんた》は実にお気の毒さまでごぜえます」
作「なに……いよ/\此奴《こやつ》は狂気致して居《お》る、手前気の毒ということを存じて居《お》るかい、此の皿を二十枚砕くと云うのは……予《かね》て御先祖よりの御遺言状《おかきもの》の事も少しは聞いているじゃアないか、仮令《たとえ》気違でも此の儘には棄置かんぞ」
權「はい、私《わし》ア気も違いません、素《もと》より貴方《あんた》さまに斬られて死ぬ覚悟で、承知して大事《でえじ》のお皿を悉皆《みんな》打毀《ぶちこわ》しました、もし旦那さま、私ア生国《もと》は忍《おし》の行田《ぎょうだ》の在で生れた者でありやすが、少《ちい》さい時分に両親《ふたおや》が亡《なく》なってしまい、知る人に連れられて此の美作国《みまさかのくに》へ参《めえ》って、何処《どこ》と云って身も定まりやしねえで居ましたが、縁有って五年|前《あと》当家《こゝ》へ奉公に参《めえ》りまして、長《なげ》え間お世話になり、高《たけ》え給金も戴きました、お側にいて見れば、誠にどうも旦那さまは衆人《ひと》にも目をかけ行届きも能く、どうも結構な旦那さまだが、此の二十枚の皿が此処《こゝ》の家《うち》の害《げえ》だ、いや腹アお立ちなさるな、私は逃匿《にげかく》れはしねえ、素《もと》より斬られる覚悟でした事だが、旦那さま、あんた此の皿はまア何で出来たものと思召《おぼしめ》します、私ア土塊《つちっころ》で出来たものと考《かんげ》えます、それを粗相で毀したからとって、此の大事《でえじ》な人間の指い切るの、足い切るのと云って人を不具《かたわ》にするような御遺言状《おかきもの》を遺《のこ》したという御先祖さまが、如何《いか》にも馬鹿気た訳だ」
作「黙れ、先祖の事を悪口《あっこう》申し、尚更棄置かんぞ」
權「いや棄置かねえでも構わねえ、素《もと》より斬られる覚悟だから、併《しか》し私《わし》だって斬られめえと思えば、あんた方親子二人がゝりで斬ると云っても、指でも附けさせるもんじゃアねえ、大《でっ》けい膂力《ちから》が有るが、御当家《こちら》へ米搗奉公をしていて、私ア何も知んねえ在郷《ざいご》もんで、何の弁別《わきめえ》も有りやしねえが、村の神主さまのお説教を聴きに行《ゆ》くと、人は天《あめ》が下の霊物《みたまもの》で、万物の長だ、是れより尊《とうと》いものは無い、有情物《いきあるもの》の主宰《つかさ》だてえから、先《ま》ず禁裏さまが出来ても、お政治をなさる公方様が出来ても、此の美作一国の御領主さまが出来やしても、勝山さまでも津山さまでも、皆人間が御政治《ごせいじ》を執《と》るのかと私は考《かんげ》えます、皿が政治を執ったてえ話は昔から聞いた事がねえ、何様《どん》な器物《もの》でも人間が発明して拵《こしら》えたものだ、人間が有ればこそ沼ア埋めたり山ア掘崩したり、河へ橋を架けたり、田地田畠《でんじでんばた》を開墾《けえこん》するから、五※[#「穀」の「禾」に代えて「釆」、168−6]も実って、貴方様《あんたさま》も私も命い継《つな》いで、物を喰って生きていられるだア、其の大事《でえじ》なこれ人間が、粗相で皿ア毀したからって、指を切って不具《かたわ》にするという御先祖様の御遺言《ごゆいごん》を守るだから、私ア貴方《あんた》を悪くは思わねえ、物堅《ものがて》え人だが余《あんま》り堅過ぎるだ、馬鹿っ正直というのだ、これ腹ア立っちゃアいけねえ/\、どうせ一遍腹ア立ってしまって、然《そ》うして私を打斬《ぶっき》るが宜うがすが、それを貴方が守ってるから、此の村ばっかりじゃアない、近郷の者までが貴方の事を何と云う、あゝ東山は偉い豪士《ごうし》だが、家《いえ》に伝わる大事《でえじ》な宝物《たからもの》だって、それを打毀《ぶちこわ》せば指い切るの足い切るのって、人を不具《かたわ》にする非道な事をする、東山てえ奴は悪人だと人に謂《い》わ
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