罪を負わせ、然《そ》うして他へ嫁に往《ゆ》く邪魔に成るようにお千代の顔へ疵を附けようとする悪策《わるだくみ》を權六が其の通りの事を申しましたから、長助は変に思いまして、
長「手前は全く千代に惚れたか」
權「え、惚れましたが、云う事を肯《き》かねえから可愛さ余って憎さが百倍、嫁に行く邪魔をして呉れようと、九月のお節句にはお道具が出るから、其の時皿を打毀《うちこわ》して指を切り不具《かたわ》にして生涯亭主の持てねえようにして遣《や》ろうと、貴方《あなた》の前だが考えを起しまして、皿検《さらあらた》めの時に箱の棧が剥《と》れたてえから、糊でもって貼《つ》けてやる振をして、下の皿を一枚《いちめえ》毀して置いたから、先《ま》ず恋の意趣晴しをして嬉しいと思い、実は土間で腕を組んで悦んでいると、此の母《かゝ》さまが飛んで来て、私《わし》が病苦を助けてえと危《あぶね》え奉公と知りながら参って、人参とかを飲まそうと親のために指を切られるのも覚悟で奉公に来たアから、代りに私《わし》を殺して下せえ、切って下せえと子を思うお母《ふくろ》の心も、親を助けてえというお千代の孝行も、聴けば聴く程、あゝー実に私《わし》ア汚ねえ根性であった、何故|此様《こん》な意地の悪い心になったかと考えたアだね、私が是れを考えなければ狗畜生《いぬちくしょう》も同様でごぜえますよ、私ア人間だアから考えました、はアー悪《わり》い事をしたと思いやしたから、正直に打明《ぶんま》けて旦那さまに話いして、私が千代に代って切られた方が宜《い》いと覚悟をして此処《こけ》え出やした、さアお切んなせえ、首でも何でもお切んなせえまし」
長「妙な奴だなア、手前《てめえ》それは全くか」
權「へえ、私《わし》が毀しやした」
作「成程長助、此者《これ》が毀したかも知れん、懺悔《ざんげ》をして自分から切られようという以上は、然《そ》うせんければ宜しくない、併《しか》し久しく奉公して居《い》るから、平生《へいぜい》の気象も宜く知れて居《お》るが、口もきかず、誠に面白い奴だと思っていた、殊《こと》に私《わし》に向って時々|異見《いけん》がましい口答えをする事もあり、正直者だと思って目を掛けていたが、他人の三層倍《さんぞうばい》も働き、力も五人力とか、身体相応の大力《だいりき》を持っていて役にも立つと思っていたに、顔形には愧《は》じず千代に恋慕を仕掛るとは何の事だ、うん權六」
權「はい誠に面目次第もない訳で、何卒《どうぞ》私《わし》を………」
千「權六さん/\、お前私へ恋慕を仕掛けた事もないのに、私を助けようと思って然《そ》う云ってお呉れのは嬉しいけれども、それじゃア私が済みません」
權「えゝい、其様《そん》なことを云ったって、今日《こんにち》誠実《まこと》を照す世界に神さまが有るだから、まア私《わし》が言うことを聞け」
長「いや、お父さまは何と仰しゃるか知らんが、どうも此の長助には未《ま》だ腑に落ちない事がある權六|手前《てまえ》が毀したと云う何ぞ確《たしか》な証拠が有るか」
權「えゝ、証拠が有りやすから、其の証拠を御覧に入れやしょう」
長「ふむ、見よう」
權「へえ只今……」
 と云いながら、立って土間より五斗張《ごとばり》の臼を持ってまいり、庭の飛石の上にずしーりと両手で軽々と下《おろ》したは、恐ろしい力の男であります。
權「これが証拠でごぜえます」
 と白菊の皿の入った箱を臼の中へ入れました。
長「何を致す/\」
權「なに造作《ぞうさ》ア有りません」
 と何時《いつ》の間《ま》に持って来たか、杵《きね》の大きいのを出して振上げ、さくーりっと力に任せて箱諸共に打砕いたから、皿が微塵に砕けた時には、東山作左衞門は驚きました。其処《そこ》に居りました者は皆顔を見合せ、呆気《あっけ》に取られて物をも云わず、
一同「むむう……」
 作左衞門は憤《おこ》ったの憤らないのでは有りません。突然《いきなり》刀掛に掛けて置いた大刀を提《ひっさ》げて顔の色を変え、
作「不埓至極の奴だ、汝《おのれ》気が違ったか、飛んだ奴だ、一枚毀してさえ指一本切るというに、二十枚箱諸共に打砕《うちくだ》くとは……よし、さ己が首を斬るから覚悟をしろ」
 と詰寄せました。權六は少しも憶する気色《けしき》もなく、縁側へどっさり腰をかけ、襟を広げて首を差し伸べ、
權「さ斬って下せえ、だが一通り申上げねばなんねえ事があるから、是れだけ聞いて下せえ、逃げも隠れもしねえ、私《わし》ゃア米搗の權六でござえます、貴方《あんた》斬るのは造作もねえが、一言《いちごん》云って死にてえことがある」
 と申しました。

        七

 さて權六という米搗《こめつき》が、東山家に数代伝わるところの重宝《じゅうほう》白菊の皿を箱ぐるみ搗摧《つきくだ》きながら、自若《じ
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