っけ》えて種子《たね》え投込んで、担《のき》へ釣下げて置きましたから、銭も何も要《い》らねえもんでごぜえますが、思召《おぼしめし》が有るなら十六文でも廿四文でも戴きたいもんで」
秋「是はほんの心ばかりだが、百|疋《ぴき》遣る」
婆「いや何う致しまして、殿様|此様《こん》なに戴いては済みません」
秋「いや、取《とっ》とけ/\、お飯《まんま》を喫《た》べさせてやろう」
 と是からお飯《まんま》を喫べさせて帰しました。さて秋月喜一郎は翌日|野掛《のがけ》の姿《なり》になり、弁当を持たせ、家来を一人召連れて婆《ばゞア》の宅を尋ねてまいりました。彼《か》の田端村から西の方へ深く切れてまいると、丁度東覚寺の裏手に当ります処で。
秋「此処《こゝ》かの、……婆《ばゞア》は在宅《うち》か、此処かの、婆はいないか」
婆「ホーイ、おやおいでなせえましよ、さ此処《こゝ》でござえますよ、ままどうも…今朝《けさ》っから忰も悦んで、殿様がおいでがあると云うので、待《まち》に待って居りました処でござえます、何卒《どうぞ》直《すぐ》にお上《あが》んなすって……お供さん御苦労さまでごぜえました」
秋「其の様に大きな声をして構ってくれては困る、世間へ知れんように」
婆「心配ごぜえませんからお構えなく」
秋「左ようか……其の包を其の儘|此方《こっち》へ出してくれ」
婆「はい」
秋「これ婆ア、是は詰らんものだが、ほんの土産《みやげ》だ、是《こ》れは御新造《ごしんぞ》が婆アが寒い時分に江戸へ出て来る時に着る半纏《はんてん》にでもしたら宜かろう、綿は其方《そっち》にあろうと云って、有合せの裏をつけてよこしました」
婆「あれアまア……魂消《たまげ》ますなア、此様《こん》なに戴きましては済みませんでごぜえます、これやい此処《こゝ》へ来《こ》う忰や」
忰「へえ御免なせえまし……毎度《めえど》ハヤ婆《ばゞ》が出まして御贔屓になりまして、帰《けえ》って来ましちゃア悦んで、何とハア有難《ありがた》え事で、己《おれ》ような身の上でお屋敷へ出て、立派なアお方さまの側で以てからにお飯《まんま》ア戴いたり、直接《じか》にお言葉を掛けて下さるてえのは冥加《みょうが》至極だと云って、毎度《めいど》帰《けえ》りますとお屋敷の噂ばかり致して居ります、へえ誠に有難い事で」
秋「いや/\婆《ばゞア》に碌に手当もせんが、今日は少し迷惑だろうが、少しの間座敷を貸してくれ、弁当は持参してまいったから、決して心配をしてくれるな、兎や角構ってくれては却《かえ》って困る、これは貴様の妻か」
嘉「へえ、私《わし》の嚊《かゝあ》でごぜえます、ぞんぜえもので」
妻「お入来《いで》なせえまし、毎度お母《っか》が参《めえ》りましては種々《いろ/\》御厄介になります、何うかお支度を」
秋「いやもう構ってくれるな、早く屏風を立廻してくれ」
婆「畏《かしこま》りました、破けて居りますが、彼《あれ》でも借りてめえりましょう、其処《そこ》な家《うち》では自慢でごぜえます、村へ入《へい》る画工《えかき》が描《か》いたんで、立派というわけには参《めえ》りません、お屋敷様のようじゃアないが、丹誠して描いたんだてえます」
秋「成程是は妙な画《え》だ、福禄寿《ふくろくじゅ》にしては形が変だな、成程|大分《だいぶん》宜《い》い画だ」
婆「宅《うち》で拵《こしら》えた新茶でがんす、嘉八《かはち》や能くお礼を申上げろ」
嘉「誠に有難うごぜえます、貴方《あんた》飴屋が参《めえ》りますと、何かお尋ねなせえますで」
秋「其様《そん》なことを云っちゃアいけない」
嘉「実はその去年から頼まれて居りますが、婆《ばア》さまの云うにア、それは宜《え》えが訝《おか》しいじゃアなえか、何ういう理由《わけ》か知んねえ、毒な虫を捕《と》って六百文貰って宜《え》えかえ、なに構ア事はなえが、黒い羽織を着て、立派なア人が来るです」
秋「まゝ其様《そん》なことを云っちゃアいけない」
嘉「へえ/\、なに此処《こゝ》は別に通る人もごぜえませんけれども、梅の時分には店へ腰をかけて、草臥足《くたびれあし》を休める人もありますから、些《ちっ》とべえ駄菓子を置いて、草履《ぞうり》草鞋《わらじ》を吊下《つるさ》げて、商いをほんの片手間に致しますので、子供も滅多に遊びにも参《めえ》りません、手習《てならい》をしまって寺から帰って来ると、一文菓子をくれせえと云って参《めえ》りますが、それまでは誰《たれ》も参《めえ》りませんから、安心して何でもおっしゃいまし、お帰りに重とうござえましょうが、芋茎《ずいき》が大《でか》く成りましたから五六|把《ぱ》引《ひっ》こ抜いてお土産にお持ちなすって」
供「旦那さま、芋茎のお土産は御免を蒙《こうむ》りとうございます……御亭主旦那様は芋茎がお嫌いだからお土産は成るたけ
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