軽いものが宜《い》い」
嘉「軽いものと仰しゃっても今上げるものはごぜえません、南瓜《とうなす》がちっと残って居ますし、柿は未だ少し渋が切れないようですが、柿を」
供「柿の樹《き》はお屋敷にもあります」
秋「今日《こんにち》は来ないかの」
嘉「いえ急度《きっと》参《めえ》るに相違ごぜえません」
と云っている内に、只今の午後三時とおもう頃に遣《や》ってまいりましたのは、飴屋の源兵衞でございます。
源「あい御免よ」
婆「はい、お出でなせえまし、さ、お上《あが》んなせえまし」
源「あゝ何うも草臥《くたび》れた、此処《こゝ》まで来るとがっかりする、あい誠に御亭主|此間《こないだ》は」
嘉「へえ、是はいらっしゃいまし、久しくお出《いで》がごぜえませんでしたな、漸々《だん/″\》秋も末になって参《めえ》りまして、毒虫も思うように捕《と》れねえで」
源「これ/\大きな声をするな、是《こ》れは毒の気《き》を取って膏薬を拵《こしら》えるんだ、私《わし》は前に薬種屋《きぐすりや》だと云ったが、昨日《きのう》婆《ばア》さんに会った、隠し事は出来ねえもんだ、これは口止めだよ、少しばかりだが」
嘉[#「嘉」は底本では「源」]「どうもこれは…」
源「其の代り他人《ひと》に云うといけないよ」
嘉「いえ申しませんでごぜえます」
源「私《わし》も十露盤《そろばん》を取って商いをする身だから、沢山《たんと》の礼も出来ないが、五両上げる」
嘉「えゝ、五両……魂消《たまげ》ますな、五両なんて戴く訳もなし、一疋|捕《つか》まえて六百文ずつになれば立派な立前《たちめえ》はあるのに、此様《こん》なに、大《でか》く戴きますのは止しましょうよ」
源「いや/\其様《そん》なことを云わないで取ってお置き、事に寄ると為《た》めになる事もあるから、決して他人《ひと》に云っちゃア成りませんよ、私《わし》が頼んだという事を」
婆「それは忰も嫁も心配《しんぺえ》打《ぶ》っていますが、他の者じゃアなし、毒な虫をお前様に六百ずつで売って、何ういう事で間違えでも出来やアしねえかと心配《しんぺい》してえます」
源「其様《そん》な事は有りゃアしないよ、此の虫を沢山《たんと》捕《つかま》えて医者様が壜《びん》の中へ入れて製法すると、烈《はげ》しい病も癒《なお》るというは、薬の毒と病の毒と衝突《かちあ》うから癒るというので、ま其様なに心配しないでも宜い」
婆「お金は戴きませんよ、なア忰」
嘉「えゝ、これは戴けません、此間《こねえだ》から一疋で六百ずつの立前《たちめえ》になるんでせえ途方も無《ね》え事だと思ってるくれえで、これが玉虫とか皀角虫《さいかちむし》とかを捕《と》るのなれば大変だが、豆の葉に集《たか》ってゝ誰にでも捕れるものを大金《てえきん》を出して下さるだもの、其様《そん》なに戴いちゃア済みません」
源「これ/\其様《そん》な大きな声を出しちゃアいけない」
嘉「これは何うしても戴けません」
源「そこに種々《いろ/\》理由《わけ》があるんだ、其様《そん》なことを云っては困る、これは取って置いてくれ」
嘉「へえ立前《たちめえ》は戴きます、ま此方《こっち》へお上《あが》んなすって、なに其処《そこ》を締めろぴったり締めて置け、砂が入《へい》っていかねえから……えゝゝ風が入《へい》りますから、ま此方《こっち》へ……何もごぜえませんがお飯《まんま》でも喰《た》べてっておくんなせえまし」
源「お飯は喫《た》べたくないが、礼を受けてくれんと誠に困るがな、受けませんか」
嘉「へえ」
と何う有っても受けない、百姓は堅いから何うしても受けません。源兵衞も困って、
源「そんなら茶代に」
と云って二分《にぶ》出しますと、
嘉「お構い申しもしませんのに……お茶代と云うだけに戴きましょう、誠にどうも、へえ」
源「今日は帰ります、婆《ばア》さん又|彼方《あっち》へ来たらお寄り、だが、私が此処《こゝ》へ来たことは家内へ知れると悪いから、店へは寄らん方が宜《い》い、店には奉公人もいるから」
婆「いえ、お寄り申しませんよ、はい左様なら、気を附けてお帰んなせえましよ」
源「あい」
是から麻裏草履を穿《は》いて小金屋源兵衞が出にかゝる屏風の中で。
秋月「源兵衞源兵衞」
と呼ばれ、源兵衞は不審な顔をして振反《ふりかえ》り、
源「誰だ……何方《どなた》でげす、私をお呼びなさるのは何方ですな」
秋「私《わし》じゃ、一寸《ちょっと》上《あが》れ、ま此方《こっち》へ入っても宜《よ》い、思い掛ない処で会ったな」
源「何方《どなた》でげす」
と屏風を開けて入り、其の人を見ると、秋月喜一郎という重役ゆえ、源兵衞は肝《きも》を潰《つぶ》し、胸にぎっくりと応《こた》えたが、素知《そし》らぬ体《てい》にて。
源「誠に思い掛ない処で、御機嫌宜しゅう」
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