せんが、此間《こねえだ》儲《もう》けもんでござえまして、蝦夷虫《えどむし》一疋《いっぴき》取れば銭い六百ずつくれると云うから、大概の前栽物《せんざいもの》を脊負《しょ》い出すより其の方が楽だから、おまえさま捕《とッ》つかめえて、毒なア虫でごぜえますから、籠《かご》へ入れて蓋《ふた》をしては持って参《めえ》ります」
秋「ムヽウ、それは何ういう虫だえ」
婆「あの斑猫《はんみょう》てえ虫で」
秋「ムヽウ斑猫……何か一疋で六百文ずつ……どんな処にいるものだえ」
婆「はい、豆の葉に集《たか》って居ります、在所じゃア蝦夷虫《えどむし》と云って忌《いや》がりますよ」
秋「何《なん》にいたすのだ」
婆「何だかお医者が随《つ》いて来まして膏薬《こうやく》に練《ね》ると、これが大《でけ》え薬になる、毒と云うものも、使いようで薬に成るだてえました」
秋「ムヽウ、何《ど》の位|捕《つか》まった」
婆「左様でごぜえます、沢山《たくさん》でなければ利かねえって、何《なん》にするんだか沢山《たんと》入《い》るって、えら捕《つか》めえましたっけ」
秋「そりゃア妙だ、医者は何処《どこ》の者だ」
婆「何処の者だか知んねえで、一人男を連れて来て、其の虫を捕《つか》まって置きさえすれば六百ずつ置いては持って往《い》きます、其の人は今日お前様白山へ参《めえ》りますと、白山様の門の坂の途中の処《とこ》にある、小金屋という飴屋にいたゞよ、私《わし》は懇意《ちかづき》だからお前様の家《うち》は此処《こゝ》かえと何気なしに聞くと、其の男が言っては悪いというように眼附をしましたっけ」
秋「はて、それから何う致した」
婆「私《わし》も小声で、今日は虫が沢山《たくさん》は捕《と》れましねえと云うと、明日《あした》己が行くから今日は何も云うなって銭い袂《たもと》へ入れたから、幾許《いくら》だと思って見ると一貫呉れたから、あゝ是は内儀《かみ》さんや奉公人に内証《ないしょう》で毒虫を捕るのだと勘づきましたよ」
秋「ムヽウ白山前の小金屋という飴屋か」
婆「はい」
秋「あれは御当家の出入《でいり》である……茶の好《よ》いのを入れてください、婆ア飯を馳走をしようかな」
婆「はい、有難う存じます」
秋「婆ア些《ちっ》と頼みたい事があるが、明日《あした》手前の家《うち》へ私《わし》が行《ゆ》くがな、其の飴屋という者を内々《ない/\》で私に会わしてくれんか」
婆「はい、殿様は彼《あ》の飴屋の御亭主を御存じで」
秋「いや/\知らんが、少し思うことがある、それゆえ貴様の家《うち》へ往《い》くんだが、貴様の家は二間《ふたま》あるか、失礼な事を云うようだが、広いかえ」
婆「店の処《とこ》は土間になって居りまして、折曲《おりまが》って内へ入るんでがすが、土間へは、薪《まき》を置いたり炭俵を積んどくですが、二間ぐれえはごぜえます、庭も些《ちっ》とばかりあって、奥が六畳になって、縁側附で爐《ろ》も切ってあって、都合が宜うごぜえます、其の奥の方も畳を敷けば八畳もありましょうか、直《すぐ》に折曲って台所になって居ります」
秋「そんなら六畳の方でも八畳の方でも宜《よ》いが、その処《ところ》に隠れていて、飴屋の亭主が来た時に私《わし》に知らしてくれ、それまで私を奥の方へ隠して置くような工夫をしてくれゝば辱《かたじ》けないが、隠れる処があるかえ」
婆「はい、狭《せも》うござえますし、それに殿様が入らっしたって、汚くって坐る処もないが、上《うえ》の藤右衞門《とうえもん》の処《とこ》に屏風《びょうぶ》が有りますから、それを立廻《たてまわ》してあげましょう」
秋「それは至極宜かろう、何でも宜しい、私《わし》が弁当を持って行《ゆ》くから別に厄介にはならん」
婆「旨《うめ》えものは有りませんが、在郷《ざいご》のことですから焚立《たきたて》の御飯ぐらいは出来ます、畑物の茄子《なす》ぐらい煮て上げましょうよ」
秋「然《そ》うしてくれゝば千万|辱《かたじ》けないが、事に寄ると私《わし》一人《ひとり》で往《ゆ》くがな、飴屋の亭主に知れちゃアならんのだが、何時《なんどき》ぐらいに飴屋の亭主は来るな」
婆「左様さ、大概お昼を喫《あが》ってから出て参りますが、彼《あれ》でも未刻過《やつすぎ》ぐらいにはまいりましょうか、それとも早く来ますかも知れませんよ」
秋「そんなら私《わし》は正午前《ひるまえ》に弁当を持ってまいる、村方の者にも云っちゃアならん」
婆「ハア、それは何ういう理由《わけ》で」
秋「此の方《ほう》に少し訳があるんだ、注文をして置いた瓢覃《ひょうたん》を持って来たとな」
婆「誠に妙な形《なり》でお役に立つか知りませんが」
と差出すを見て、
秋「斯ういう形《かたち》じゃア不都合じゃが」
婆「其の代り無代《たゞ》で宜うがんす、口を打欠《ぶ
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