云っても追付《おッつ》くめえ」
 と一人が止めるのを、一人の男が頻《しき》りに知ったふりで喋って居ります。

        三十九

 別座敷に寝て居りましたお竹が、此の話を洩《も》れ聞き大きに驚き、
竹「もし/\宗達様/\/\(揺起《ゆりおこ》す)」
宗「あい/\/\、つい看病疲れで少し眠《ね》ました、はあー」
竹「よく御寝《ぎょしん》なっていらっしゃいますから、お起《おこ》し申しましては誠に恐入りますが、少し気になることを向座敷で噂をしております、他《ほか》の者の話は嘘《うそ》のように存じますが、中に江戸屋敷へ出入《でい》る職人とか申す者の話は、少し心配になりますから、お目を覚《さま》してくださいまし」
宗「あい……はア……つい何うも……はア大分まだ降ってる様子で、ばら/\雨が戸へ当りますな」
竹「何卒《どうぞ》あなた」
宗「はい/\……はア……何じゃ」
竹「其の話に春部と申す者が私《わたくし》の弟《おとゝ》を新町河原で欺討《だましうち》にして甲府へ逃げたと云う事でございますが、何卒《どうぞ》委《くわ》しく尋ねて下さいまし、都合に寄っては又江戸へ帰るような事にもなろうと思いますから」
宗「それは怪《け》しからん、図らず此処《こゝ》で聞くというは妙なことじゃ、江戸の、うん/\職人|体《てい》の下屋敷へ出入る者、宜しい……えゝ御免ください」
 と宗達和尚が向座敷の襖《ふすま》を開けて、大勢の中に入りました。見ると矢立を持って鼠無地の衣服に、綿の沢山入っております半纒を着て居り、月代《さかやき》が蓬々《ぼう/\》として看病疲れで顔色の悪い坊さんでございますから、一座の人々が驚きました。
○「はい、おいでなさい」
宗「あゝ江戸のお方は何方《どなた》で」
○「江戸の者は私《わっち》で、奥州仙台や常陸の竜ヶ崎や何か集ってるんで、へえ」
宗「只今向座敷で聞いておった処が、その江戸に久米野殿の屋敷へ出入りをなさる職人というはあなた方か」
○「えゝ私《わっち》でござえやす」
鐵「えおい、だから余計なことを言うなって云うんだ、詰らねえ事を喋るからお互《たげ》えに掛合《かゝりあい》になるよ」
宗「で、その久米野殿の御家来に渡邊織江と申す者があって人手にかゝり、其の子が親の敵《かたき》を尋ねに歩いた処、春部梅三郎と申す者に欺かれて、新町とかで殺されたと云う話、八州が何うとかしたとの事じゃが、それを委《くわ》しく話してください」
鐵「だから云わねえ事じゃアねえ、先方《むこう》は彼《あん》な姿で来たって八州の隠密だよ」
 と一人の連《つれ》の者に云われ、一人は真蒼《まっさお》になり、ぶる/\と顫《ふる》え出し、碌々口もきけません様子。
○「なに本当に知っている訳じゃアごぜえやせん、朦朧《ぼんやり》と知ってるんで、へえ一寸《ちょっと》人に聞いたんで」
宗「聞いたら聞いたゞけの事を告げなさい、新町河原で渡邊祖五郎を殺害《せつがい》した春部梅三郎という者は何《いず》れへ逃げた」
○「あ彼方《あっち》へ逃げて……それから秩父《ちゝぶ》へ出たんで」
宗「うん成程、秩父へ出て」
○「それからこ甲府へ逃げたんで」
宗「秩父越しをいたして甲府の方へ八州が追掛《おっか》けたのか」
鐵「おゝおゝ仕様がねえな、本当に手前《てめえ》は饒舌《おしゃべり》だな」
○「饒舌だって剣術の先生や何かも皆《みん》な喋ったじゃアねえか………何《なん》でごぜえやす……えゝ其の八州が追掛《おっか》けて何したんで、当りを付けたんで」
宗「何ういう処に当りが付きましたな」
○「そりゃア何でごぜえやす、鴻の巣の宿屋でごぜえやす」
宗「はゝー鴻の巣の宿屋……(紙の端へ書留め)それは何という宿屋じゃ」
○「私《わっち》ア知りやせん、其の宿屋へ女を連れて逃げたんで、其の宿屋が春部とかいう奴が勤めていた屋敷に奉公していて、私通《くっつ》いて連れて逃げた女の親里とかいう事で」
宗「うん…それから」
○「それっ切り知りやせん」
宗「知らん事は無かろう、知らんと云っても知らんでは通さん」
○「へえ……(泣声)御免なせえ、真平《まっぴら》御免下さい」
宗「あなた方は江戸は何処《どこ》だ」
○「真平御免…」
宗「御免も何もない、言わんければなりませんよ」
○「へえ外神田《そとかんだ》金沢町《かなざわちょう》で」
宗「うん外神田金沢町…名前は」
○「甚太《じんた》っ子」
宗「甚太っ子という名前がありますか、甚太郎《じんたろう》かえ」
○「慥《たし》か然《そ》うで」
宗「甚太郎……其方《そっち》にいるお方は」
鐵「私《わっち》は喋ったんでもねえんで」
宗「言わんでも宜《よ》い、名前が宿帳と違うとなりませんぞ、宜いかえ」
鐵「へえ、下谷《したや》茅町《かやちょう》二丁目で」
宗「お名前は」
鐵「ガラ鐵てえんで」
宗「ガ
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