様な事でも貴方のお言葉は背きません、不束《ふつゝか》な者で、迚《とて》もお側にいるという訳には参りませんが、御飯焚《ごはんたき》でもお小間使いでも、お寝間の伽《とぎ》でも仕ようという訳だ」
○「へえー、此奴《こいつ》ア矢張《やっぱり》然《そ》ういう事があるんでげしょう、へえー、なア……鐵やい、左官の松《まつ》の野郎が火事の時に手伝って、それから御家様《ごけさま》の処《とけ》え出入《でへえ》りをし、何日《いつ》か深い訳になったが、成程然ういう事がありましょう、それから何うしました」
侍「然《そ》ういう訳なれば宜しい、助太刀をして慥《たし》かに本意を遂げさせて遣ろうと受合うと、女は悦んで、あゝ有難う草葉の蔭において両親も嘸《さぞ》悦びましょうと、綺麗な顔で真に随喜の涙を流した」
○「へえー芋売《いもがら》見たような涙を」
侍「なに有難涙《ありがたなみだ》を」
○「へえ成程それから何うしました」
侍「ところで同衾《ひとつ》に寝たんだ」
○「へえー甚《ひど》いなア……成程、鐵ウもっと前へ出ろ、大変な話になって来た」
向座敷で手をぽん/\と打つと、又候《またぞろ》下女がまいって、
下婢「皆さんお静かになすって、なるたけわア/\云わねえように願います」
○「へえ/\……それから何うしました、先生」
侍「いや止そう」
○「其処《そこ》まで遣って止すてえ事はありません、お願《ねげ》えだから後《あと》を話しておくんなせえ」
侍「病人があると云うから止そう」
○「だって先生、こゝで止《や》めちゃア罪です」
侍「こゝらで止める方が宜かろう」
○「落話家《はなしか》や講釈師たア違《ちげ》えます」
侍「此処《こゝ》が丁度|宜《い》い段落《きりどこ》だ」
○「おい、よ話しておくんねえな/\」
侍「困るな…すると其の女にこう□□[#底本2字伏字]められた時には、身体《しんたい》痺《しび》れるような大力《だいりき》であった」
○「へえー、それは化物だ、面白い話だね、それから」
侍「もう止そう」
○「冗談じゃアない、これで止《や》められて堪《たま》るものか……皆さん誰か一つ旦那に頼んでおくんなせえな、是から面白《おもしろ》え処なんで、今止められちゃア寝てから魅《うな》されらア」
侍「やるかなア」
○「うん成程、其の女が貴方の顔をペロ/\甜《な》めたんで」
侍「なに甜めるものか、うーんと振解《ふりほぐ》して、枕元にあった無反《むそり》の一刀を引抜いて、斬付けようとすると、がら/\/\と家鳴《やなり》震動がした」
○「ふうん」
侍「ばら/\/\表へ逃げる様子、尚《なお》追掛けて出ると、這《こ》は如何に、拙者が化《ばか》されていたのじゃ、茅屋《あばらや》があったと思う処が、矢張《やっぱり》野原で、片方《かた/\》はどうどうと渓間《たにま》に水の流れる音が聞え、片方は恐ろしい巌石《がんせき》峨々《がゞ》たる山にして、ずうっと裏手は杉や樅《もみ》などの大樹《だいじゅ》ばかりの林で、其の中へばら/\/\と追込んだな」
○「へえー成程、狐《きつね》狸《たぬき》は尻《けつ》を出して何かに見せると云うが、貴方それから何うしました」
侍「追掛けて行って、すうと一刀|浴《あび》せると、ばたり前へ倒れた…化物が…拙者も疲れてどたーり其処《そこ》へ尻餅を搗《つ》いた」
○「成程是は尤《もっと》もです、痛《いと》うござえましたろう、其処に大きな石があったんで」
侍「なに石も何もありゃアせん、余計な事を云わずに聞きなさい」
○「な何の化物でげす」
侍「善《よ》く善く其の姿を見ると、それが伸餅《のしもち》の石に化《か》したのさ」
○「へえ、何故だろうなア」
侍「だから何うしてもちぎる訳にいかん」
○「冗談じゃアない、真面目な顔をして嘘ばっかり吐《つ》いてる、皆《みん》な嘘《そら》っぺい話《ばなし》でいけねえ、己《おれ》のは本当だ、此の中《うち》に聞いた人もあるだろう、何《なん》の話さ、大変だな、己ア江戸の者だ、谷中の久米野美作守様の屋敷へ出入の職人だったが、其処《そこ》に大変な悪人がいて、渡邊様てえ人を斬って、其の上に女を連れて逃げたは、えゝ何とかいう奴だっけ、然《そ》うよ、春部梅三郎よ、其奴《そいつ》は甚《ひど》い奴で、重役の渡邊織江様を斬殺《きりころ》したんで、其の子が跡を追掛《おっか》けて行くと、旨く言いくろめて、欺《だま》して到頭連出して、何とかいう所だっけ、然う/\、新町河原《しんまちがわら》の傍《わき》で欺《だま》し討《うち》に渡邊様の子を殺して逃げたというんだが、大騒ぎよ、八州が八方へ手配りをしたが、山越《やまごし》をして甲府へ入《へい》ったという噂で」
鐵「止しねえ/\、うっかり喋るな、冗談じゃアねえぜ、若《も》し八州のお役人が、是《こ》れは何う云う訳だ、他人に聞いたんでと
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