それから療治にかゝろうとしたが、道具を宅《たく》へ置いて来たので困ったが、此処《こゝ》が頓智頓才で、出ている片手を段々と斯う撫でましたな」
鐵「へえ」
医「撫でている中《うち》に掌《て》を開けました」
鐵「成程」
医「それから愚老が懐中から四文銭を出して、赤児《あかご》の手へ握らせますと、すうと手を引込《ひっこ》まして頭の方から安々《やす/\》と産れて出て、お辞儀をしました」
鐵「へえ咒《まじない》でげすか」
医「いや乞食の児《こ》だから悦んで」
鐵「ふゝゝ人を馬鹿にしちゃアいけねえ、本当だと思ってたのに洒落者《しゃれもん》だね、田舎者だって迂濶《うっかり》した事は云えねい……えゝ其方《そちら》の隅においでなさるお方、あなたは何ですかえ、矢張お医者さまでごぜえやすか」
僧「いや、私《わし》は斯ういう姿で諸方を歩く出家でござる」
鐵「えゝ御出家さんで、御出家なら幽霊なぞを御覧なすった事がありましょう」
僧「幽霊は二十四五|度《たび》見ました」
鐵「へえ、此奴《こいつ》あ面白《おもしれ》え話だ、二十四五度……ど何《ど》んなのが出ました」
僧「種々《いろ/\》なのが出ましたな、嫉妬《やきもち》の怨霊は不実な男に殺された女が、口惜《くちおし》いと思った念が凝《こ》って出るのじゃが、世の中には幽霊は無いという者もある、じゃが是はある」
鐵「へえ、ど何んな塩梅《あんばい》に出るもんですな」
僧「形は絵に描《か》いたようなものだ、朦朧《ぼんやり》として判然《はっきり》其の形は見えず、只ぼうと障子や襖《からかみ》へ映ったり、上の方だけ見えて下の方は烟《けむ》のようで、どうも不気味なものじゃて」
鐵「へえー貴方の見たうちで一番怖いと思ったのはどういう幽霊で」
僧「えゝ、左様さ先年|美濃国《みののくに》から信州の福島在の知己《しるべ》の所へ参った時の事で、此の知己は可《か》なりの身代で、山も持っている者で、其処《そこ》に暫《しばら》く厄介になっていた、其の村に蓮光寺《れんこうじ》という寺がある、其の寺の和尚が道楽をしていかん彼《あれ》は放逐せねばならんと村中が騒いで、急に其の和尚を追出すことになったから、お前さん住職になってくれないかと頼まれましたが、私《わし》は住職になる訳にはゆかん、行脚《あんぎゃ》の身の上で、併《しか》し葬式でもあった時には困ろうから、後住《ごじゅう》の定《きま》るまで暫くいて上げようと云うんで、其の寺に居りました」
鐵「へえー」
僧「すると私《わし》の知己《しるべ》の山持の妾が難産をして死んだな」
鐵「へえー」
僧「それがそれ、ま主人《あるじ》が女房に隠して、家《うち》にいた若い女に手を附け、それがま懐妊したによって何時《いつ》か家内の耳に入ると、悋気深《りんきぶか》い本妻が騒ぐから、知れぬうちに堕胎《おろ》してしまおうと薬を飲ますと、ま宜《い》い塩梅に堕《お》りましたが、其の薬の余毒《よどく》のため妾は七転八倒の苦しみをして、うーんうんと夜中に唸《うな》るじゃげな」
鐵「へえー此奴《こいつ》ア怖《こわ》えなア」
僧「怨みだな、斯う云う事になったのも、私《わたし》は奉公人の身の上|相対《あいたい》ずくだから是非もないが、内儀《おかみ》さんが悋気深いために私《わし》に斯ういう薬を飲ましたのじゃ、内儀さんさえ悋気せずば此の苦しみは受けまい、あゝ口惜《くや》しい、私《わたし》は死に切れん、初めて出来た子は堕胎《おろ》され、私も死に、親子諸共に死ぬような事になるも、内儀さんのお蔭じゃ、口惜《くやし》い残念と十一日の間云い続けて到頭死にました、その死ぬ時な、うーんと云って主人の手を握ってな」
鐵「へえ」
僧「目を半眼にして歯をむき出し、旦那さま私《わたくし》は死に切れませんよ」
○「やア鐵う、もっと此方《こっち》へ寄れ……気味が悪い、どうもへえー成程……そこを閉めねえ、風がぴゅー/\入るから……へえー」
僧「気の毒な事じゃが、仕方がない、そこで私《わし》がいた蓮光寺へ葬りました、他に誰も寺参りをするものがないから、主人が七日までは墓参りに来たが、七日後は打棄《うっちゃ》りぱなしで、花一本|供《あ》げず、寺へ附届《つけとゞけ》もせんという随分不人情な人でな」
○「へえー酷《ひど》い奴だね、其奴《そいつ》ア怨まア、直《すぐ》に幽的《ゆうてき》が出ましたかえ」
僧「私《わし》も可愛そうじゃアと思うた、斯ういう仏は血盆地獄《けっぽんじごく》に堕《おち》るじゃ、早く云えば血の池地獄へ落るんじゃ」
○「へえー」
僧「斯ういう亡者《もうじゃ》には血盆経《けっぽんきょう》を上げてやらんと……」
○「へえー……けつ……なんて……けつを……棒で」
僧「いや血盆経というお経がある、七日目になア其の夜《よ》の亥刻《こゝのつ》[#「亥刻《こゝのつ》」はママ、
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