然《そ》うで……其方《そちら》のお方はお三人連で何方《どちら》へ」
□「私《わし》は常陸《ひたち》の竜《りゅう》ヶ崎《さき》で」
鐵「へえ」
□「常陸の竜ヶ崎です」
鐵「へえー何ういう訳で此様《こん》な寒い処へ常陸からおいでなさったんで」
□「種々《いろ/\》信心がありまして、全体|毎年《まいねん》講中《こうじゅう》がありまして、五六人ぐらいで木曾の御獄様《おんたけさま》へ参詣《さんけい》をいたしますが、村の者の申し合せで、先達《せんだつ》さんもお出《いで》になったもんだから、同道してまいりやした、実は御獄さんへ参るにも、雪を踏んで難儀をして行《ゆ》くのが信心だね」
鐵「へえー大変でげすな、御獄さんてえのは滅法けえ高《たけ》え山だってね」
□「高いたって、それは富士より高いと云いますよ、あなた方も信心をなすって二度もお登りになれば、少しは曲った心も直りますが」
鐵「えへゝゝゝ私《わっち》どもは曲った心が直っても、側から曲ってしまうから、旨く真直《まっすぐ》にならねえので……えゝ其方《そちら》においでなさる方は何方《どちら》で」
此の客は言葉が余程鼻にかゝり、
×「私《わし》は奥州|仙台《しんでい》」
鐵「へえ…仙台《しんでい》てえのは」
×「奥州で」
鐵「左様でがすか、えゝ衣を着てお頭《つむり》が丸いから坊さんでげしょう」
×「いしやでがす」
鐵「へ何ですと」
×「医者《いしや》でがす」
鐵「石工《いしや》だえ」
×「いゝや医道《いどう》でがす」
鐵「へえー井戸掘にア見えませんね」
×「井戸掘ではない、医者《いしゃ》でがす」
鐵「へえーお医者で、私《わっち》どもはいけぞんぜえだもんだから、お医者と相宿になってると皆も気丈夫でごぜえます、些《ちっ》とばかり薄荷《はっか》があるなら甜《な》めたいもんで」
×「左様な薬は所持しない、なれども相宿の方に御病気でお困りの方があって、薬をくれろと仰しゃれば、癒《なお》る癒らないは、それはまた薬が性《しょう》に合うと合わん事があるけれども、盛るだけは盛って上げるて」
鐵「へえー、斯う皆さんが大勢寄って只|茫然《ぼんやり》していても面白くねえから、何か面白《おもしれ》え百物語でもして遊ぼうじゃアありやせんか、大勢寄っているのですから」
医「それも宜うがすが、ま能《よ》く大勢寄ると阿弥陀の光りという事を致します、鬮引《くじびき》をして其の鬮に当った者が何か買って来るので、夜中でも厭《いと》いなく菓子を買《けえ》に行《い》くとか、酒を買《けえ》に行《ゆ》くとかして、客の鬮を引いた者は坐ってゝ少しも動かずに人の買って来る物を食《しょく》して楽しむという遊びがあるのです」
鐵「へえーそれは面白《おもしれ》えが、珍らしい話か何かありませんかな」
医「左様でげす、別に面白い話もありませんですな」
鐵「気のねえ人だな何か他に」
○「手前《てめえ》出て先へ喋《しゃべ》るがいゝ」
鐵「喋るたって己《おれ》ア喋る訳には行《ゆ》かねえ、何かありませんかな、お医者さまは奥州仙台だてえが、面白《おもしろ》え怖《おっか》ねえ化物《ばけもの》が出たてえような事はありませんかな」
医「左様で別に化物が出たという話もないが、奥州は不思議のあるところでな」
鐵「へえー左様でござえやすかな」
医「貴方は何ですかえ、松島見物にお出《いで》になった事がありますかえ」
鐵「いや何処《どこ》へも行ったことはねえ」
医「松島は日本三景の内でな、随分江戸のお方が見物に来られるが此のくらい景色の好《よ》い所はないと云ってな、船で八百八島を巡り、歌を詠《えい》じ詩を作りに来る風流人が幾許《いくら》もあるな」
鐵「へえー松島に何か心中でもありましたかえ」
医「情死などのあるところじゃアないが、差当《さしあた》って別にどうも面白い話もないが、医者は此様《こん》な穢《きたな》い身装《みなり》をして居てはいけません、医者は居《い》なりと云うて、玄関が立派で、身装が好《よく》って立派に見えるよう、風俗が正しく見えるようでなければ病者《びょうしゃ》が信じません、随って薬も自《おのず》から利かんような事になるですが、医者は頓知頓才と云って先《ま》ず其の薬より病人の気を料《はか》る処が第一と心得ますな」
鐵「へえー何ういう……気を料る処がありますな」
医「先年乞食が難産にかゝって苦しんでいるのを、所の者が何うかして助けて遣りたいと立派な医者を頼んで診《み》て貰うと、是はどうも助からん、片足出ていなければ宜《よ》いが、片手片足出て首が出ないから身体が横になって支《つか》えてゝ仕様がない、細かに切って出せば命がないと途方に暮れ、立合った者も皆《み》な可愛そうだと云っている処へ通りかゝったのが愚老でな」
鐵「へえ……それからお前さんが産《うま》したのかえ」
医「
前へ
次へ
全118ページ中82ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング