、作左衞門が最前検めて置いた皿の毀れる気遣いはない、忰は何を云うのかと存じて居りますと、長助は顔色《かおいろ》を変えて、
長「これ千代、それ道具棚にある糊付板を此処《こゝ》へ持って来い……さ何う云う訳で此板《これ》を道具棚へ置いた」
千「はい、只今申上げます通り、あのお道具の箱の棧が剥《と》れましたから、打附けて貰おうと存じますと、米搗の權六が己《おれ》が附けて遣ろうと申して附けてくれましたので」
長「いゝや言訳をしたって役には立たん、其の箱の紐をサッサと解け」
千「そうお急ぎなさいますと、また粗相をして毀すといけませんもの」
長「汝《おのれ》が毀して置きながら、又|其様《そん》なこと申す其の手はくわぬぞ、私《わし》が箱から出す、さ此処《これ》へ出せ」
千「あなた、お静かになすって下さいまし、暴々《あら/\》しく遊ばして毀れますと矢張《やっぱ》り私《わたくし》の所為《せい》になります」
作「これこれ長助、手暴くせんが宜《よ》い、腹立紛れに汝《てまえ》が毀すといかんから、矢張《やっぱ》り千代お前検めるが宜《い》い」
千「はい/\」
 と是れから野菊の箱の紐を解いて蓋を取り、一枚/\皿を出しまして長助の眼の前へ列《なら》べまして。
千「御覧遊ばせ、私《わたくし》が先刻《さっき》検めました通り瑾《きず》は有りゃアしません」
長「黙れ、毀した事は先刻《さっき》私《わし》が能《よ》く見て置いたぞ、お父さま、迂濶《うっか》りしてはいけません、此者《これ》は中々油断がなりません、さ、早く致せ」
千「其様《そん》なに仰しゃったって、慌てゝ不調法が有るといけません、他のお道具と違いまして、此品《これ》が一枚毀れますと私《わたくし》は不具《かたわ》になりますから」
長「不具になったって、受人《うけにん》を入れて奉公に来たんじゃアないか、さ早く致せ」
千「早くは出来ません」
 と申して検めに掛りましたが、急がれる程|尚《な》おおじ/\致しますが、一生懸命に心の内に神仏《かみほとけ》を念じて粗相のないようにと元のように皿を箱に入れてしまい、是れから白菊の方の紐を解いて、漸々《だん/″\》三重箱迄開け、布帛《きれ》を開いて皿を一枚ずつ取出し、検めては布帛に包み、ちゃんと脇へ丁寧に置き、
千「是で八枚で、九枚で十枚十一枚十二枚十三枚十四枚十五枚十六枚」
 と漸々勘定をして十九枚と来ると、二十枚目がポカリと毀れて居たから恟《びっく》り致しました。
千「おや……お皿が毀れて居ります」
長「それ見ろ、お父様《とっさま》御覧遊ばせ、此の通り未《ま》だ粘りが有ります此の糊で附着《くっつ》けて瞞《ごま》かそうとは太い奴では有りませんか」
千「いえ、先程大殿様がお検めになりました時には、決して毀れては居りません」
長「何う仕たって此の通り毀れて居るじゃアないか」
千「先刻《さっき》は何とも無くって、今毀れて居るのは何う云う訳でしょう」
作「成程斯う云う事があるから油断は出来ない、これ千代|毀《わ》りようも有ろうのに、ちょっと欠いたとか、罅《ひゞ》が入った位ならば、是れ迄の精勤の廉《かど》を以《もっ》て免《ゆる》すまいものでもないが、斯う大きく毀れては何うも免し難い、これ、何は居らんか、何や、何やでは分らん、おゝそれ/\辨藏《べんぞう》、手前はな、千代の受人の丹治という者の処へ直《すぐ》に行ってくれ、余り世間へぱっと知れん内に行ってくれ、千代が皿を毀したから証文通りに行うから、念のために届けると云って、早く行って来い」
辨「へえ」
 と辨藏は飛んで行って、此のことを気の毒そうに話をすると、丹治は驚きまして、母の処へ駈込んでまいり。
丹「御新造《ごしんぞ》さまア……」
母「おや丹治か、先刻《さっき》は誠に御苦労、お蔭で余程《よっぽど》宜《よ》いよ」
丹「はっ/\、誠にはや何ともどうも飛んだ訳になりました」
母「ドヽ何うしたの」
丹「へえ、お嬢様が皿ア割ったそうで」
母「え……丹治皿を彼《あれ》が……」
丹「へえ、只今|彼家《あちら》の奉公人が参りまして、お千代どんが皿ア割っただ、汝《われ》受人だアから何《なん》ぼ証文通りでも断りなしにゃア扱えねえから、ちょっくら届けるから、立合うが宜《え》いと云って来ました、私《わし》が考えますに、先方《むこう》はあゝ云う奴だから、詫びたっても肯《き》くまいと思って、私が急いでお知らせ申しに来やしたが、お嬢さまが彼家《あそこ》へ住込む時、虫が知らせましたよ、門の所まで私送り出して来たアから、貴方《あんた》皿ア割っちゃアいけないよと云ったら、お嬢様が余程《よっぽど》薄いもんだそうだし、原土《もとつち》で拵えたもんだから割れないとは云えないから、それを云ってくれちゃア困るよと仰しゃいましたが、何とまア情《なさけ》ねえ事になりましたな、どうか詫
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